第3話 セトレシア騒動

04.今日のデリバリー先


 ***

「うむ、馳走になった」

 そう言ったヘルマンさんがフォークを置いた。そのまま帰るかと思われたが、何故かこっちをじーっと見ている。私は首を傾げ訊ねた。

「紅茶のおかわりですか?」
「いいや、そうではなく……お嬢ちゃんは幾つだったかな?」

 何でいきなり歳の話をしだしたんだろう、この人。とはいえ、知られて困るものでもないので問いに答える。

「18歳ですけど」
「やはりそのくらいか! 良いな、その歳」
「はい?」

 意味不明な発言に思わず威嚇めいた声を上げると、クリフくんが合点のいったように「成る程な」、と呟いた。

「魔物世代か。例外はあるが、俺達の世代は武術家にとってみれば弟子としてこれ程相応しい人材もいない。魔物駆除の為、スプラッタにある程度慣れているからな」
「ああ、なるほど! ……いや、クリフくん幾つ?」
「19」
「わっか! エルフだしもっと歳食ってると思ってたよ」
「馬鹿か。エルフの里が年寄りだらけになったら困るだろうが」

 という事はリリちゃんの方が遥かに歳上なのか。この2人、基本的に関わりが希薄だが歳の差があって話が合わないのかもしれない。ジェネレーションギャップ。
 ヘルマンさんが振り、以降脱線していた話題が元のレールへと戻ってくる。

「どちらか、儂の弟子になる気は無いか? お前さん達はこう、肝が据わっておるからな。倫理的には持っていた方が良いものを、適度に忘れておって手間が掛からん」
「それって誉められてるのか貶されてるのか分かりませんね……」
「クリフと言ったか。しかしお前さんはあれだな、ダークエルフだしな。弓とか魔法の方が好ましいのだろう?」

 いいえ、とクリフくんは首を横に振った。

「師匠がパティシエになるべく、武を学んだと言うのであれば俺も……!」
「そ、そうか。儂に教えられるのはスポンジ生地の作り方ではない事だけは分かった上で弟子入りするといいぞ。ただし、三つ子山にある儂の道場まで来る事が出来るならばの話だがな!」
「私は多分、武術とかはやらないと思います。はい」

 技能が通じない時点で逃げる一択なので、これ以上の戦闘技術は正直必要ない。それこそ、絶対に立ち向かわなければならない脅威などに出会さない限りは。
 そんな考えを知ってか知らずか、ヘルマンさんは老獪な笑みを浮かべた。

「よいよい、お嬢ちゃんの好きに生きるが正解よな。儂は三つ子山を登り得る人材に等しく武を教えるのみ。とはいえ、中央の瘤に魔女がおる。魔法はそっちに習うと良いぞ」

 戦闘技術の聖地、ミカミザワ三つ子山。デリバリーさえ無ければきっと足を向ける事は無いだろう。
 ヘルマンさんはどっこいしょ、とジジ臭い声を発して立ち上がった。

「ブライアン、旨かった。弟子達にも食わせたいのでな、次はデリバリーを頼むとしよう」
「はい」

 店長が恭しく一礼する。はっは、と笑ったヘルマンさんは会計を済ませると店のドアに手を掛けた。慌てて声を掛ける。

「あ、森の出口くらいまでなら送りますよ!」
「ああ、構うな。摂取したカロリーを消費がてら森を散歩してくる」
「ええ!? というか、最初から気になってたんですけど、財布しか持ってませんよね!?」
「鞄を持ち歩くのが苦手なのだ、気にするな」

 本人がそう言うので大人しく見送った。このシリザンの森を、散歩。やはり師範代連中は発想が凡人のそれとは違うようだ。
 カランカラン、とドアベルが小さな音を鳴らす。一度だけこちらを振り返った偉大な武術家はひらりと手を振って森の奥へと消えていった。

「大丈夫かな、あの人」
「大丈夫なんじゃなぁい? 三つ子山、在住なんでしょ〜」
「いやそうじゃなくて、財布しか持ってなかったよ? ハンカチとかちり紙とか、どうしてんだろ」
「考えたら〜、負けだと思う」

 すっかりクリフくんの試作ケーキを完食したリリちゃんは雑誌を広げている。どうやら居座る気満々且つ手伝う気は皆無のようだ。とはいえ、仕事など差ほど無いので問題無いのだが。
 そう心中で結論を出した直後だった。念話器が受信を告げる。考え事をしていたらしいクリフくんが弾かれたように念話器へ駆け寄り、手を翳した。

「スイーツ工房だ。デリバリーか?」

 ――もっと愛想良く出来ないのか。
 そうは思ったが念話越しに愛想もクソも無いのだと思い直す。

「あ、あの、その、ケーキの……えと、配達? をお願いしたいんです、けど……」

 クリフくんの声が恐ろしかったのだろうか。小さな女の子じみた声は僅かに震えている。親のおつかい念話、ってやつだろう。背後で保護者がアドバイスしている微笑ましい光景が脳裏に描かれる。
 しかし、容易に想像出来る微笑ましさにも関わらずクリフくんは最初のトーンを崩さなかった。こいつ鬼かよ。

「ああ、了解した。ケーキの種類が幾つかあるが、どれがいい。どんなスイーツがあるのか分かるか?」
「え? えーっと、あ、そう、タルト。タルトを、えーと、じゃあ6つ」
「今日は3種類ある。雪梨、雪だるま栗、冬蛇苺のタルトだ」
「あ、はい。あ、えーと、その、ちょっと待っててください」

 少女は保護者と何やら言葉を交わしているようだった。ややあって、クリフくんに注文を告げる。

「えっと、2つずつで」
「2掛ける3種で6つになる。それで間違い無いか?」
「あっはい」
「分かった。指定がなければ10分弱で着く」
「おねがいします」
「場所と名前を」
「セトレシアの、礼拝堂に……。アリアです」
「了解。商品を渡す時に運んで来た従業員に代金は渡してくれ。では」

 業務連絡かと間違うようなお喋りを終えたクリフくんは淡々と箱詰め作業を開始した。いや何か言えよ。