第1話

01.客が来ない


 スイーツショップ、スイーツ工房。名前の通り甘味を売る、食べる事の出来る店だ。木々に囲まれた木製の小柄な店は、さながらアンティークな工房のようで気に入っている。

 私、エレインは砂糖やらクリームの匂いが漂う店内にて、がっくりと項垂れていた。客がいないのを良い事に4人掛けのテーブルを占拠して、だ。
 午前11時半。もう一度言っておこう――客はいない、1人もだ。

「今日も客が来ない……。というか、ここ3日くらいお客さんの姿を見てない!!」

 ダァンッ、とテーブルを叩いて立ち上がる。すると、それまで売れ残ったケーキをもそもそと食べていたリリアン・アルトーレがのろのろとこちらに顔を向けた。

「まあまあ、落ち着こうよぉ。3日? なんて、大した時間じゃないさ〜」

 のんびりとした喋り方。その口調に見合った価値観を持つリリちゃんはエルフである。透明感のある白い肌にやや尖った耳。金糸のようにさらさらの長髪、エメラルドグリーンの瞳。
 そんな彼女は大皿に盛られたホールケーキにフォークを突き立てていた。何せ、彼女がスイーツ工房で働き始めた理由はただ一つ、売れ残りのケーキが貰えるからだ。細い身体からは想像も出来ないが1日3食ともケーキを食す化け物である。

「いやいやいや! 給料が出なかったら困るよ!! 食費とかどうするのさ!?」
「ん〜……。そっか、人間って狩りをしないんだねぇ。私が鹿狩りにでも、連れて行ってあげようか〜? それとも、きみは猪肉の方が好きかなあ?」
「私は人の手で加工された肉が好きだよ!」

 何を騒いでる、と低い声が厨房から聞こえてきた。それと同時に一層甘い匂いが鼻孔を擽る。そんなファンシーな匂いと共に現れたのは店長、ブライアン・ガーランドだ。
 泣く子が恐怖で失神する、そんな凶悪な顔面とボディビルダーでもやっているのかと突っ込みたくなる恵まれた体格。威圧感のある切れ長の双眸――ヤの付く職業の方ですか? いいえ、スイーツを生み出すパティシエです。それがうちの店長だ。

 最早見慣れた凶悪な顔面を完璧にスルーした私は、店長に抗議の声を上げる。

「何、じゃないですよ! 店長、こんな調子だと店が潰れちゃいますって! マーケティング、大事!!」
「来ないもんは仕方ねぇだろ」

 ――職人気質の店長は、こういう所がある。マーケティングに頼るなぞ弱者の発想! と言わんばかりの態度なのだ。
 しかし、私には分かる。何故この店に客が来ないのか。

 それはスイーツがクソ不味い訳でも、店長の強面のせいでもない。というか、スイーツは本当に美味しい。リリちゃんが毎日食べたいと言う理由も分かる。
 ただ、この店には致命的な欠陥があるのだ。

「場所が悪いんですよ……。いやだって、ケーキ屋が2軒建ってたら贔屓でも何でも無く、うちの店の方が美味しい物を提供してますし」

 リエッタ王国内部にあるシリザンの森、奥地。それが店の立地だ。正直に言って、森の奥に建っている時点で大半の客はここに店がある事すら知らないだろう。しかも、このシリザンの森に出る魔物のレベルは3〜5。
 森の奥地まで来られるのなんて、徒党を組んだ騎士団くらいなものだ。一般人は森に足を踏み入れた瞬間、魔物の餌になってしまう事だろう。

「だが、今更店の場所は変えられない」
「じゃあ店長〜、森の入り口からあ、ここまでの道を〜、私達で鋪装するっていうのはぁ、どうですかあ?」
「お前の魔法でどうにか出来るのか?」
「無理ですねえ。そんな魔法、無いですし〜」

「いやいやいや。道を舗装してどうこう出来るレベルの魔物じゃないじゃないですか!! お客さんがうちのスイーツ食べる前に、魔物のデザートになっちゃいますって!」

 彼等は勤務地であるこの店まで徒歩で通勤している。道が綺麗になれば人が来るようになる、という発想はそこから来ているのだろう。頭が筋肉達磨としか思えない考えに私は頭を抱えた。
 しかし、そんな思いとは裏腹にリリちゃんは「なるほどねえ」、と手を打つ。

「私、きみのぉ、そういうジョーク好きだよぉ」
「ジョークじゃなくてガチ!! オブラートに包んだだけなんですけど!」

 ところでさあ、とエルフの彼女は訊ねる。

「エレインはあ、どうやってここに来てるんだっけ〜?」
「わ、私? 私はテレポでいつも来てるよ。徒歩とか無理だし……」

 ――特殊技能。およそ20%の確率で生き物が生まれながらに持っている、種固有の能力ではない能力だ。数字を見ても分かる通り、結構多くの生き物が持っている個別の能力。
 私の場合は生まれながらに『瞬間移動』という特殊技能を持っていた。非常に便利であるのと同時、少しの距離でも能力を使用していた為に体力は底辺以下くらいしか無いが。

 それがどうかしたのか、とリリちゃんに訊ねれば彼女はようやく長い時を生きるエルフらしい、地に足の着いた提案をした。

「え〜っとねえ、お客さんをここへ連れて来るのはあ、無理だからあ……この店で注文を受けて、エレインがそれを運べば良いんじゃない?」