04.ブルーノのお仕事
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「おい、貴様は何をしている」
うんざりしたようなチェスターの声でブルーノは我に返った。振り返れば腕を組んで不機嫌そうな顔をした吸血鬼が仁王立ちしている。この場合、この光景に何ら不審な点は無い。何せ、ここは彼の館だからだ。
くちをへの字に曲げたブルーノは弁解を試みるべく、肩を竦めた。
一応は『人間』が多いメンバーであった為、あまり深く触れた事は無かったがここには自分とチェスターしかいない。初めて会った時から魚の小骨が喉の奥に引っ掛かったような感覚はずっとあったのだ。今ここで、互いの意思をはっきりとさせるべきだろう。
「俺は故郷に業務連絡してただけだ。お前、何か俺達に関わらないよう上から言われてるのか?」
種は違えど伝承種と名高い吸血鬼。《旧き者》と進んで関わり合いを持ちたくない気質はよくよく理解している。
案の定、チェスターは渋い顔で頭を振った。遠慮こそ無いが、言いにくい事を突っ込んで来るなという空気だけはひしひしと感じる。
「言われているというより、我等種族の暗黙のルールのようなものだ。貴様等に関わっていては、自由に行動出来ん」
「あー、まあ否定はしねぇな。それで? わざわざ何をしてるのか見に来たって事か」
「そうだな。下手な事をされてはかなわん。だが、連絡を取り合っているだけであるのならば見逃すとしよう。私もそこまで暇では無い」
「おう、寛大な対応ありがとさん」
あまり変な動きをするなよ、と言い置いてチェスターは館の中へと戻って行った。彼の処置が寛大であるのか、はたまた面倒臭がっただけなのかは判断しかねる。ともあれ、こちらはこちらの用事を片付けてしまわなければ。
出来れば――イアン達が帰って来る前、欲を言えば事態が悪い方向へ転がる前に。謎は紐解く必要がある。例え、謎の本体である彼女があまりそれに頓着していなくとも。
懐から連絡用のマジック・クリスタルを取り出す。小さなボールサイズのそれを手にすっぽりと収めたブルーノは慣れた手つきで術式を起動した。
ザザッというノイズの後、事務的な声が水晶玉の奥の奥の方から響いてくる。
『はい、こちらルリアンカ。ご用件をどうぞ』
「おーっす、ブルーノだ。ちょっと聞きたい事あって連絡したんだが、今良いか?」
『ええ』
涼やかな女性の声。故郷に居る同胞なのだが、懐かしさに目を細めつつ用件を告げる。今は昔話をしている場合では無いし、彼女は過去を振り返らない性質の持ち主だ。うざったがられる事は請け合いである。
これまでの経緯をかなり簡単に説明。必要な部分のみをピックアップして伝えた。
「――で、ここからが聞きたい事なんだが、イアン・ベネットっていう血族は居たか? いや、旧姓でも良いんだが」
『2分ほどお待ち下さい』
「はいよ」
ルーファスが出張って来たあたりから、一つの仮説を疑い始めていたのは事実だ。名付けるならそう、イアンは実は同胞説。ただ、《ラストリゾート》を所持している様子が無いので断言は出来ないのだが。
物思いに耽っていると、ルリアンカは本当にきっかり2分で調査を終え、戻って来た。
『ただいま戻りました。お調べ致しましたところ、イアン・ベネットなどという同胞は存在しません。また、そういった姓を持つ同胞も存在しません』
「あー、えーっとそれは? どこまで調べた結果か聞いていいか?」
『こちらにあります、記録上では観測出来かねます』
「成る程な。所蔵庫には無いって事か……」
ルリアンカの言う『記録』というのはかなり正確だ。これで調べが付かないと言うのであれば、故郷ではイアンの存在を一切確認出来ていない事になる。あの狭い地域だ、もしイアンのような人物がいれば誰かしら彼女の存在を知っている事だろう。
『補足と致しまして、もし我等の同胞に類似した『何か』が居ると言うのでしたらそれは……誰かの隠し子である可能性はあります。とはいえ、隠し子にさしたるメリットはございませんが』
「そうか……。いや、俺の勘違いなら良い。念には念をってやつだな。忙しいのに悪かった、ありがとさん」
『いえ。失礼致します』
会話を終え、連絡アイテムをしまう。
――《旧き者》の特徴。
人間の視点から見た、見目麗しさ。これに関してはイアンもまたそれなりに当て嵌まると言える。顔の造形そのものは整っているからだ。
ただしもう一つの外見的な特徴である、血のような色をした赤い双眸は彼女に一切当て嵌まらない。ただ、瞳の色は専用のアイテムでいくらでも誤魔化しが利く。見えているものが全てでは無いだろう。
そしてもう一つ。独特の空気感。これは完全に人外と一致する。彼女の放つ、或いは纏う空気は人間のそれから逸していると言えるだろう。
「最悪……人間では無さそうなんだよなあ……」
ずば抜けた魔力量。この一点においては完全に人間を辞めている。
――さて、彼女は一体何者なのだろうか。