第2話

01.『3』の呪い


 正午より少し前くらいだろうか、リナーブ村に到着した。閑散とはしているものの、どことなくのんびりとした、戦火とは無縁の村だ。帝国内部の村というだけあって、軍の制服を着たリカルデとイアンがいても奇異の目を向けられる事は無い。
 到着した瞬間、いきなり軍部の方へ自分達の所在を知らされるのではないかとビクついていたジャックは盛大に安堵の溜息を吐き出した。

「俺達への敵意は無いようだな」

 当然さ、とリカルデが何故か得意気に笑う。

「リナーブの村は帝国に守られている村の一つだ。感謝こそされど、敵意を向けられるはずもない」
「そうでしょうね。私も以前、ドミニク大尉と視察に来ましたし。ええ、勿論歓迎されましたよ。盛大に、ね」

 クスクスと嗤うイアンの真意は全く掴めない。ただ、楽しくて嗤っているのではないらしい事だけが確かだ。
 これからの話だが、とリカルデが神妙な顔で話題を切り替えた。

「私とイアン殿はまず、服を着替える必要があるな。何せ、帝国の服は良い意味でも悪い意味でも目立ち過ぎる。着ているだけでお尋ね者になるのは御免だな」
「それもそうですね。いきなり出て来てしまいましたが、金銭の蓄えはあります。問題無いでしょう」
「だそうだが――ジャック、君はどうする?私服だから無理に服を購入する必要は無いだろう。私達とショッピングするか?」
「え?……あ」

 ここに来て重大なミスに気付いた。
 面子は女2に対して、男1である。羨ましいかどうかは個人の裁量によるが、こういう場面に際して自分はどうしてもメンバーからあぶれる。何せ、リカルデの言葉には「君は来なくても良いけど」、という前置きが付いているのだ。
 ――同性の仲間が欲しい。

 切実にそう思いながらも、「一緒に買い物をする」と選択した際の自分を思い浮かべる。
 やる事が無くて棒立ち、女二人で盛り上がって存在を忘れられる所まで想像して悲しすぎるので想像を打ち切った。服なぞ興味が無い自分が参加したところで、放置されるのは目に見えている。

 ――「俺を放置するな!」、危うく口に出しかけて思い留まった。もっとよく考えて見ろ。この面子だぞ。服がどうのなどと宣っているが、片や騎士兵。戦場でのみ咲き誇る花である。更にもう片方は頭が可笑しいと話題の魔道士。戦場で赤い花を咲かせまくる方の人物だ。
 殺伐。
 胃が焼き切れてしまう事は必至だ。

「ジャック?結局、貴方はどうするのですか?」

 イアンの結い上げられた艶やかな長髪がさらりと揺れた。酷く整った顔は目に毒――なのだが、そういう甘ったるいものではなく、命の危険を感じるような危うさがある。それは、致死性の毒を持つ煌びやかな魚に似ているだろうか。ああ、触ったら危険な人種なんだろうな、という漠然とした印象。
 しかし、いつまでも呆けている訳にはいかない。先程からの問いに対し、あくまで毅然とした態度を崩さずジャックは答えた。

「俺は――ああそうだな、お前達が服を見ている間に武器屋でも寄ってくるよ。銃弾のストックが無いのと、弾き飛ばされたタガーの代わりも無い」
「ええ、盛大に負けていましたものね。ドミニク大尉に」

 一人で行くのか、と何故か訝しそうにリカルデが訊ねてきた。

「一人でも何も……脱走した仲間とは言え、四六時中連んでいる訳にはいかないだろ」
「いやそうじゃない。私も武器屋に用事があったんだが」
「……女の買い物は長いと研究所の連中が言ってたぞ。なら、武器屋を探すついでに情報収集でもしておくよ」
「そうか!悪いな、ジャック。助かるよ」
「気にするな。1時間後くらいに、またここに集合って事で」

 分かった、と元気よくそう言ったリカルデとは裏腹にイアンは聞いているのかいないのかよく分からない顔をしている。曖昧模糊とした笑みだ。
 彼女の人付き合いはどうなっているのだろう。
 そんな疑問は湧いた瞬間に掻き消された。

「それでは行きましょうか、リカルデさん。ところで、貴方は普段どのような服を?良かったら仕立てますよ。私、バルバラさんの服を選んだ事もあるので目利きは悪く無いはずです」
「そ、そうなのか。私はあまり買った服を着る機会が無くてね。そこまで言うのなら、イアン殿にお願いしてもいいだろうか」

 ――え、何か仲良さそう……。
 ジャックは愕然とした顔で歩き去って行く仲間2人を見送った。もっとこう、血で血を洗う戦場のようなやり取りが成されるものと思っていたが大きな勘違いだったらしい。しかも、人付き合いに問題があると思われたイアンの方が上手く空気に溶け込んでいる。
 そんなイアンの――まるで常人の女性みたいな空気に押されてか、リカルデも遠慮がちながら微笑み会話しているようだ。
 現状を鑑みて、言える言葉は一つだけである。

「お、俺も混ぜろよ……!」

 蚊の鳴くような声なき声は当然彼女達には届かなかった。どころか、挙動不審のせいで通行人の視線が突き刺さる。殺伐としているのはこちらの方だったようだ。

 仕方ない、自分は自分の仕事をしよう。まずは武器屋探しだ。
 あと、情報収集。帝国は現在、不規則な動きを繰り返している。次はどこに攻め込むだの、どこの偵察へ行くだの。大尉クラスの人物と鉢合わせれば戦闘になってしまうだろうし、それを避ける為にも情報は必要だ。

 仲間達に背を向け、一歩踏み出した時に強い違和感を覚えた。何かが足りないような、肌寒いような感覚だ。
 違和感の正体にはすぐ気が付いた。
 よく考えてみると、こんな広い場所で一人になったのは初めてである。何せ、今までは戦場へ行くにしろ何にしろ、誰かが目付役として傍にいた。恐らくは成功例のホムンクルスである自分に何か無いように見張られていたのだろうが、それでも周囲に必ず人がいたのは事実だ。

 ――淋しい、話す相手がいなくて退屈だ。

 湧き上がった憂鬱な感情を前に、早くもジャックは時間を確認する。仲間と別れて5分しか経っていなかった。