領内でのんびり執務をこなしていた小宮山樒の平穏はまったくの唐突に壊された。というのも、息を切らせた伝令の兵士が執務室へ飛び込んで来たからだ。見事に礼儀作法を放り棄てて。
さすがの樒も狼狽したが、それ以上に狼狽している伝令の姿を見ればすぐさま落ち着いた。彼女は仕事の出来る人間だった。
「で、伝令!」
「落ち着いてよねえ。ほら、お水」
「いえ、それどころでは・・・っ!い、出利葉に隣国が攻め込んで来たとの報です!ゆっくりしている場合ではありませんッ!!」
「え?攻められたって?あのお爺さんが領主やってる出利葉が?」
「はい」
出利葉は隣の領である。なお、古小路山査子が治める上垣内とも接している実に可愛そうな領だ。隣をハイエナに固められている感じ。
そんなよぼよぼお爺さんが治めている土地に隣国の侵略者達が侵入して来た。
なるほど、それは大事である。
「なお、領主・古小路山査子はすでに防衛戦に参戦している模様!」
「あー・・・そういえば同盟の件が・・・参加しないといけないかな、やっぱり」
挙兵するかな、と重い腰を上げかけたその時。
本日二人目の飛び込み侵入者がやって来た。息を切らせ、鬼のような形相をした篠塚芥菜である。目を血走らせた彼は開口一番「お考え直しください!」と叫んだ。
「相手は隣国の兵。下手に刺激するのは良くないかと」
「山査子殿とは同盟があるから、それを破棄したくはないんだよ。あの人、敵に回したらお隣さんの侵略軍より恐いからね。何が恐いって味方が一番脅威だからさ」
ですが、となおも食い下がる芥菜をどうどう、と諌める。彼が言う事はもっともなのだが、あわよくば出利葉の領をお裾分けしてもらいたい。ので、どうあってもこの防衛戦には参加したいのだ。
一つしかない量が隣国の精鋭軍に勝てるはずがないのは百も承知である。だが、敵軍もまた王都に集うこちらの精鋭兵を呼び寄せたくはないのだから短期決戦で掛かるのは自明の理。だからこそ、時間を稼ぎ――あるいは隣国の軍師と話し合って出利葉を分割、なんていうのもありだ。
「・・・樒殿がそこまで言うのでしたら、従いますが・・・」
非常に不本意そうな顔をしていた芥菜だったがやがては首を縦に振った。所詮、世の中は縦社会である。