氷上を裸足で行こう

お題配布サイト『Discolo』様よりお借りしました


 ――ああ、まただ。
 それに気付いた樒は足を止めた。極めて自然を装い。
 現在、書類を両手に芥菜の執務室へ向かっている途中だったのだが、ふと視線を感じたのだ。誰かが領主をちらちらと見ている、なんて生やさしいものではなく、明らかに尾行しているような、そんな視線。
 自領で監視されている領主なんて、なんて滑稽なのだろう。
 誰がこんな馬鹿げた事をしているのかは分かっている。
 ――柏桔梗。
 本郷酸塊から派遣された文官である。というのは表向きだけの話で、彼女の本職は軍師だ。腹の底では何を考えているのだろう。実栗のように、本当はこんな片田舎になど来たくなかったのかもしれない。
 とんでもねぇ事してくれるなあの親子。思って溜息を吐いた。

「どうしましたんです、樒殿?」
「わっ!?」
「えらい俯いてましたけど、重いのですか?半分くらいなら持ちますよ?」

 まさに考えていた人物が微笑んで立っていた。さすがは軍師で先程までの刺々しい雰囲気は纏っていない。代わり、差し出された白い手はすでに樒の持つ書簡に伸びていた。
 我ながら引き攣っていると思われる笑みを手向け、ありがとうと一言礼を言う。

「気付いてましたでしょう、樒殿」
「え?えぇっと・・・何がかな?」
「私の下手くそな尾行、気付いてたんでしょう?」
「あ、下手っていう自覚はあったんだね」
「見ての通り、軍師ですから。肉体労働は専門外なんですよ。でも、これでええかもしれませんねえ」
「私に気付かれているんだから、後は好き勝手私の事を監視していいか、って言っているのかな、桔梗?」
「えぇ。あまり、こういう事したくないんですけどねえ。酸塊様の命ですから、無視するわけにもいきませんわあ」

 次期皇帝に何か粗相でもしでかしたのだろうか。弟に纏わり付くな、という無言の警告だったら泣く。
 樒の意図を読み取ったのか、桔梗は薄く笑って首を横に振った。

「そういう意図、酸塊様にはありませんですよ。本当に心配半分、残り半分は樒殿の事をもっと知りたいいう男心ですわ」
「意味が分からないかな・・・」
「私、貴方のそういうところ好きですよ」

 芥菜殿に用があったんですね、と呟く桔梗。気付けば目的の部屋へたどり着いていた。