氷点下扇風機

お題配布サイト『Mercy Killing』様よりお借りしました


 平日の高以良では城内を行ったり来たりと忙しなく文官達が行き来している。あの書類を書庫へ、この書類は書庫からあの人のもとへ。
 そんなてんてこ舞の忙しさの中、領主たる小宮山樒を訪ねてくる者がいた。
 執務室へ通されたのは女。涼やかな身のこなしに、どことなく人を不安にさせるような表情。碌な人間の気配がしないので早々にお引き取り願いたかった。それは部屋の隅で顔を伏せている補佐、篠塚芥菜も同じらしい。胡散臭い者を見る目で彼女を見ている。

「用、というのは何?見ての通り忙しいから手短にお願いしたい」
「御機嫌よう。私は、柏桔梗と申します」

 独特の口調で話す彼女は深々と頭を下げると怯む事無く樒と目を合わせた。そうして平然と言い放つ。

「私、酸塊様から遣わされここへ参じました」
「えぇっと・・・?伝言、って事なのかな?」
「いいえ。今日からここで働くように、と命じられております」

 本郷酸塊と言えば今、もっとも次期皇帝に近い男である。そんな彼が遣わせた女性。無下に扱うわけにはいかなかった。つまり、要らないから帰れと言えるはずがなかった。
 正直、我が領には問題児が多数いるので素性も知れないような彼女を領内に迎え入れている余裕など無い。

「芥菜。彼女は・・・本当に酸塊殿の部下?」
「・・・えぇ。確かに、皇子の部下にそういった女性はいました。一時、隣国への遣いとして出払っていたようです」
「そう・・・。分かった。これから、よろしく」

 こちらこそ、と頭を下げた桔梗はやはり人を不安にさせる――他者の心を掻き回すような、不安定な笑みを浮かべていた。
 また一人殺伐とした人間が増えた。と、樒は溜息を吐く。