目の出ないサイコロ


お題サイト「Mercy Killing」様よりお借りしました。


「ごきげんよう、樒殿」

 ぴりぴりと張り詰めた執務室。空気の発生源は主に小宮山樒の隣に立つ篠塚芥菜である。そうしてその空気を全て無視して呑み込むように微笑む涼しげな彼の名は古小路山査子。隣の地、上垣内領領主である。
 隣だったし、いずれは挨拶でも何でも顔を出そうと思っていたが新参者を相手に古参の彼が出向いて来るとは思わなかった。
 内心で緊張しつつも、気丈を装い毅然とした顔を彼の領主へ向ける。

「何か御用でしょうか」
「つれないなあ。いや、悪い話を持って来たわけではないよ。本当さ。俺に新人苛めなんていう趣味は無いし、そちらは可愛い女の子だ」
「女の子、というには少し無理がある歳だと思いますよ」

 ――しかし彼、とてつもなく胡散臭い。
 信じたい良い話なのだろうが、彼が語ると全てが信用に値しない気がする。いや、杞憂なのだろうが。

「――山査子殿。我等が主は多忙の身です。早々に用件を述べてください」
「おやおや、すまないが男に興味は無いんだ。が、樒殿は聡明な女性のようだ。俺も無駄話はここらで切り上げて事務的な話をしようか」

 面白く無さそうに――そう見えるように振る舞う山査子は心底楽しそうだ。食えない男である。そして早くも芥菜が臨戦態勢に入ってる。このまま放置しておくと面倒な事になりそうな勢いだ。

「上垣内と高以良で同盟を結ばないかい?隣地だし、悪く無いと思うのだけれど」
「それはまた・・・随分と急ですね。何を考えているのですか?」
「うーん。そうだねえ・・・今、俺達の領は隣国との境界線近くにある。それは分かるはずだよ」
「そうですね。出利葉を防衛線として、国境近くに我々の領はあります」
「そうなんだよ。だからこその同盟さ。出利葉の領主は高齢だ。自領が隣国に攻められたら、間違い無く俺達に救助要請を出すだろう」
「それが、どうかしましたか」

 薄暗い話をすれば、その要請に応じるつもりは毛頭無い。精々、領地を奪われないよう隣国の軍隊長と交渉してやる程度だ。一人だって出兵させたくないのだから。
 そして恐らく――それは、山査子も同じだ。故に、樒と共犯者めいた笑みを浮かべていると言えよう。

「俺達は互いに助け合う。・・・それだけだよ」
「分かりました」

 その言葉の裏が読めない程、樒は子供ではなかった。ただ、彼女の内にある黒い企みを知らない芥菜だけが怪訝そうな目でそのやり取りを眺めていたが。
 差し出された手を握り返す。
 その手は言うまでも無く冷たかった。