目が合ったから笑ってみた


お題配布サイト『chocolate sea』様よりお借りしました


 領主生活が始まって一週間が経った。今のところ、暗殺されたりだとか罵詈雑言を吐かれたりだとか、そんな事件は起きていない。ちょっと不気味な程にみんな静かなのだ。ほぼ無理矢理、仲間入りさせられた実栗なんかは絶対に何か言って来ると思っていたし、そんな彼に対しての不満を芥菜から聞く事になるだろうと踏んでいた。
 だが蓋を開けてみればどうだろう。どちらも真面目に職務をこなし、何ら不自由なく仕事は進んでいる。
 ――それが不気味だと言うのは、少々贅沢な悩みなのだろうか。

「少しいいですか、樒殿」
「え?あぁ、どうしたの?入って」

 戸の外から芥菜の声が聞こえた。慌てて入るよう促すと、顔を覗かせる部下。いつものように笑みを浮かべて――
 あれ。この人、何の用で来たんだろ。書簡も持ってない、ってか手ぶらだし。
 にこにこと笑みを浮かべる篠塚芥菜には言い知れない威圧感があった。上司部下という関係だが、歳の上では彼の方が幾つか歳を取っている。根本的なそれはどうにも勝てないのだ。

「あまりこういう事を言いたくはなかったのですが、貴方にどうこうするつもりが一切無さそうなので、申し上げます」
「うん・・・うん、何かな・・・」
「実栗を早々に追放しましょう!奴は危険ですよ、危険!今も虎視眈々と樒殿の背後を狙ってるような危険人物です」
「そうなんだ・・・何も言って来ないから、もう諦めたのかと思ってたんだけどな」
「甘いですよ。とにかく、他領へ送り付けるなり、癪ですが王都へ送り返すなり、何らかの対策を取らねば!」

 それはいい話ですねえ、と微笑む的場実栗。その笑顔が凍り付く程に恐ろしいのだが、口にするのは憚られた。

「僕も出来る事ならば帰りたいですよ、宮中へ。ですが、今帰ったところで熊笹殿は納得されないでしょう。ですから、早く出世するなり仲間を集めるなりして一刻も早く僕が大手を振って宮中へ帰れるようにしてもらいたいものです」
「君という奴は・・・上司に何て口の利き方だ」
「そう言われても、ねえ。毎日宮中でそれなりにコツコツ働いて左遷なんて絶対にあり得ないと思ってたらその場に居合わせただけで新設領主の百鳥合戦に付き合わされた挙句、本土へ帰れなくなった俺の気持ちがお前に分かるかぁッ!?」

 ――ああ、情緒不安定だ。
 見ていて心配になってくる程に彼は精神を病んでいる気がする。そもそも、大手を振って宮中へ帰りたいのは樒にとっても同意見である。
 そんな樒の憐れみの視線に気付いたのか、ごほんとわざとらしく咳払いした実栗と目が合う。

「お願いしますよ、樒殿。僕は一刻も早く、宮中へ帰らなければならないのです。肝に命じておいてください。血を見る事になりますからね」
「うわぁ・・・なんか殺伐としるな、うちの領・・・」

 領主になって一週間。主に仲間からの精神的圧迫で心が折れそうだ。