お題配布サイト『Discolo』様よりお借りしました
松明をぼんやりと見つめる。赤々と燃えるその火は今や心の拠り所だ。
左遷されたとはいえ、高以良領での日々はそれなりに楽しかった事だろう。領主たる彼女の野望も、同じく野心家として尊敬の念さえ抱いていた。
「――が、それも、ここまでか」
実栗は松明から視線を外し、書物室にを見やる。
見渡す限りの書類――紙、紙、紙の山だ。
「よく燃えそうだなあ。あぁ、止めてしまいたいな」
言い訳でもするかのように深い溜息を吐き、右手に持ったその書状に視線を落とす。
彼からの提案はあまりにも実栗にとって甘美だった。断る理由が見当たらない程に。何故なら、彼は宮中に帰りたいのであって土地は要らないからだ。互いの利害が完全に一致した上、裏切られる心配も無い提案。
――それを呑まない程に実栗は馬鹿ではなかったし、それを怪しいと斬って捨ててしまうには賢明過ぎた。
これも巡り合わせなのだろう、と頭の片隅でそう思う。
この松明を、床へ落とすだけで全ては終わる。領主たる小宮山樒は本郷の三男と懇意らしいが、彼女が事故で命を落としたのならば彼の出番は無い。
「年の功には敵わない、か。樒殿、古小路山査子は――貴方が想像している以上に、強かで手段を選ばない男でしたよ」
その誰も聞いていない言葉を餞に、ぱっと手を離す。松明の光が薄暗い室内にゆらりと揺れた――
瞬間。
どんっ、と鈍い音が背後から聞こえた。同時、脇腹――臍の横ぐらいから飛び出す、鈍色の刃。それは揺れる炎を反射して赤く紅く煌めいている。
刺された、と理解した途端、ぐらりと視界が回転した。急速に世界が霞がかっていく。
「前々から怪しいと思っていたぞ、実栗」
ゆるゆると首を動かして後ろを見る。
燃える炎より苛烈な瞳でこちらを見る――領主補佐、篠塚芥菜。
その手には小刀が握られていた。
炎が書類を糧に燃え上がる。その様を見て、実栗は薄く嗤った。怪訝そうな顔をする芥菜がとても愉快である。
「試合に勝って、勝負に負けた――って、ところかな」
今ここで自分を殺しても、どうしようもないだろう、そういう意を込めて言った言葉は彼へ届いたかどうか、分からない。