携帯電話没収事件から数日が経った。あれ以来、草薙人志とは話をしていない。というか、檜垣玲璃の突然の乱入及び5校時の開始によって何だか有耶無耶になってしまっている感が否めない。
――いつも陸上部エースの彼はどんな態度だっただろうか。
考えてみて愕然とした。そういえば、廊下で会って話をする程最初から仲良くなかった。
そんなこんなで思考の坩堝に嵌った宮野春暁は勝手に落ち込んでいた。さらに言えば、特定の友人がいないのも事実だ。
「何、溜息なんて吐いてるの?」
「え?あ・・・お前、檜垣・・・ッ!」
昼休みだったが、偶然なのか廊下を歩いていた檜垣玲璃と遭遇。常に彼女にべったり張り付いている人志という名のセコムは見当たらない。
「ちょっと訊きたい事があるんだけど」
「あぁ?何だよ・・・」
「人志、見なかった?」
いつもは人志の方が玲璃を捜しているのだが、今回ばかりは逆。少し困ったように首を傾げる彼女だったが、出来れば関わりたく無いというのが本音である。というのも、1組の梧桐章吾が酷い目に遭ったという噂はまだ新しいし、彼等に関わると碌な事にならないのは学年内で共通の認識として浸透している。
何より――草薙人志の行方など、それこそ知らない。
「悪い、見なかったぜ」
「ふぅん、そう」
面倒臭そうに頭を振った彼女を前に、封印しようと決めたはずの好奇心がむくむくと膨らむ。ここで訊いてしまうと色々終わりそうな気がするものの、まさか都合良く人志が現れるなんて漫画のような展開にはならないだろう。よって、質問することにする。
「お前が草薙を捜してんのって珍しくね?何かあったのかよ」
「何か、っていうか・・・捜してるのは私じゃないんだけどね。新聞部の彼女。~代から伝言預かってるらしくて」
「お前が聞いて伝えりゃいいんじゃね、それ?」
「嫌だよ。私、長ったらしい伝言全部言える自信無いし・・・マネージャーになれってまた誘われるのはごめんだからね。あまり私から部活の話題は振りたくないの」
「へぇ・・・」
女子高生という括りから彼女を見れば随分と全てを手際よく要領よくこなすタイプの玲璃。それは全てにおいてそうであり、実用性のない事はしない。効率主義者なのだ。
彼女にベタ甘の人志はそれを不満に思っているようだが、反比例するように彼の要領がとてつもなく悪いので、今の状態から別の状態へ移行するのは至難の業だろう。まぁ、関係無い事だが。
「じゃ、俺行くわ」
「そう。引き留めてごめん」
そう言って互いに背を向けた、瞬間。
ズドドドド、とまるで運動場を走るかのように廊下を走ってくる影。無駄に綺麗なそのフォームを全クラスにひけらかしながら徐々に近づいてくるそれが誰か分からない人間は校内にほとんどいないだろう。
それに気付いた玲璃が盛大に顔をしかめた。
「おいッ、玲璃!何だよお前が俺を捜してるなんて珍しいじゃねぇか何の用だおーい!」
「まるで犬みてぇだぜ・・・」
「まったくだよ」
キャンキャン吠えながらやって来る彼氏に対して眉間を指で揉む玲璃。その姿は大変痛ましいものである。それより、人志は一体どこからその情報を仕入れて――
「うわぁ、納得・・・」
視界に入ったのは『新聞部の彼女』が何かしきりにメモを取っている姿。最初からこれを狙って玲璃を嗾けたに違いない。さすが、記事を書く為ならば何でもすると名高い新聞部のレギュラー。
「てめぇこら宮野!何玲璃と話してんだ!」
「えぇ・・・唐突な嫉妬!?俺は何もしてねーぜ!」
「お前、タラシって有名じゃねーか!」
「そうなの!?それは俺も知らなかったぜ・・・」
まったく見に覚えの無い暴言を吐かれた。何なんだ一体。
しかし、あれ、と首を傾げたのは人志の方だった。
「んん?違ったか・・・?あれ、青葉の話だったっけ・・・?」
「いやアイツは・・・タラシっていうか・・・まぁ、~代の事を言うのはやめとけ。女子が恐ぇから」
~代青葉を慕う女子のクラブは恐ろしい。アイドルに付き物のファンクラブだが、それに女子一人で対抗しているのは赤羽美風だけである。いや、彼女も彼女で黒い噂が絶えないのだが・・・。
――などと考えていると、どんっという音と共に玲璃の声が響いた。
「あんた等また何やってんの?新聞部の子が捜してるって言ってんの。何で私が人志捜さなきゃいけないのさ。ちょっとは考えてよね。というか、宮野。あんたにも事情話したのに何でのうのうと世間話に花咲かせてるわけ?頭の中お花畑なんじゃない?」
「「さーせんしたっ!」」
――何これデジャブ。