03.どっちが悪いか言い合ったって叱られる時はいつも一緒

「おーい、宮野いるか、宮野」

 その日、2年3組の教室を唐突に訪れたのは草薙人志だった。彼は宮野春暁を捜しており、現在は昼休みだが後20分もすれば午後の授業が始まる。
 教室の隅で山背修と弁当を食べていた春暁は顔を上げた。
 何かあったか、と正面に座る修に視線だけで問う。しかし彼は無情にもあっさりと首を横に振った。
 何が何だか分からないままに、一先ず席を立つ。

「どうした、草薙」
「おいお前・・・昨日、持ち検あったろ?」
「おう・・・お前と俺がケータイ取り上げられたやつな」

 持ち検とは持ち物検査の略で、本来学校に持って来る事が校則で禁止されている物を発見すると即座に取り上げられる、学生にとっては恐ろしいイベントだ。だが、こういう検査前にはクラスに一人は必ずイベントが起きる事を知っており、事前通告してくれる。
 ――のだが、運悪く聞き逃してしまい、昨日の持ち検であっさりケータイを没収されたのは学年でも自分と人志だけらしい。どうして誰も教えてくれなかった・・・。

「まぁ・・・部活の連絡は律儀なマネージャーが教えてくれるからいいけど・・・さすがに取り上げられたままなのは辛いぜ」
「だろ?今から返して貰いに行こうぜ?」
「無理ってもんだぜ、そりゃ」

 人志の突拍子も無い提案を鼻で嗤う。そんなんで帰って来るのならば、最初から持ち物検査など行わないだろう。
 しかし、その即答具合に気を悪くしたのか、陸上部のエースが目に見えて分かる程眉間に皺を寄せた。

「俺は昨日から玲璃の奴と連絡取れねぇで大変なんだよ・・・!」
「はいはい!リア充乙ッ!!」

 ――夜に連絡取り合うような奴はいねぇよ!
 心中でツッコミ、彼女からメールが届く人志に軽く殺意すら覚える。いや、運動部代表組の一角を担っているので、モテない訳じゃ無いんだ。モテない訳じゃ。ただ、付き合っても長続きしないだけで。
 確か、修とダブルスペアの梧桐章吾からは女を見る目が無いと言われた気がするが、後輩にストーカーされている彼にそんな事を言われても説得力皆無だ。

「ったく、俺は別に!ケータイなんて無くても困らねぇし!!」
「寂しい奴だな、お前・・・。俺、最近ケータイ手放せねぇとか言う奴の気持ちが七割ぐらい分かるようになったってのによ・・・」
「哀れむような目ぇすんじゃねぇぜ・・・。あーっ!何か超イライラしてきた!!ぜっったい、にっ!ケータイとか渡さねぇからな!!」
「先公に取り上げられたんだよ。お前に没収されたわけじゃねぇからな!?」

 次第にヒートアップする口論。止める者はいない。
 いない、が――

「何やってんの、人志。いつまで経っても戻って来ないと思ったら・・・」
「あっ・・・」

 あ、という音が見事に重なった。大きな人志の背に隠れて見えなかったが、そこには檜垣玲璃の姿がある。片手に購買で買ったと思わしきジュースを持ち、心底馬鹿にするような目でこちらを見ている。相変わらずストイックだ。
 思わぬ味方を獲得した、と彼の目が輝く。

「いや俺――」
「ケータイでしょ?いいよいいよ。別に無くても。電話するから。ってか、あんた等本当に馬鹿だよね。何ケータイ如きで揉めてんの。ケータイ手放せないとか依存症じゃん。うっわ、嫌だなー。でも受信メールが迷惑メールだけだっていうのも嫌だなー。哀しくならないの、ねぇ」
「えっ、いや・・・」

 ハートフルボッコ。何が悲しいかと聞かれれば、問うてきている玲璃自身にはまるで悪気が無いと言うことだ。純粋に疑問だから聞いてきている、だけ。
 というか、春暁と玲璃に直接的な面識は無い。

「・・・もういいぜ・・・行けよ、草薙・・・何か俺、疲れた・・・」
「おう、じゃあな・・・?」