第1話

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 その日、ブレットは誰よりも何よりも早く支部の執務室、自分のディスクに腰掛けていた。カタカタとキーボードを叩く音のみが室内に響いている。
 ――それはジェラルドの指示だった。署長であるセドリックがその指示を把握しているのかは訊かないでおいたが、多分知らないだろう。
 ルシア=スタンレイの情報を洗い出す。
 先日、ドッペルゲンガーの事件を受けてジェラルドは彼女への不審感を覚えたようだった。ブレット自身としても少しばかり『出来過ぎ』感が否めない一連の騒動だった為、二つ返事で先輩からの依頼を受けた。当然、報酬などは出ない。
 しかし、ルシアを疑う気持ちがあると同時、何となくではあるが彼女が厄介者にならないような気もする。根拠などない、ただの勘だが。

「品行方正・・・模範生って言ったのは冗談じゃなかったのか・・・特に不審な点も・・・いや」

 ぶつぶつと呟きながら非合法な手段によって表示させた彼女の経歴に目を通す。まず、ミータルナ支部へ提出された種類に嘘偽りは無い。しかし、『人に視られる事が前提』である書類には多かれ少なかれ『嘘は書いていないが、本当の事も記載していない』というスケープゴートが用いられる為、正直信用ならないのだ。
 故に、不正アクセスした本部のデータを引き出す。見つかれば即アウト、刑務所行きは免れないし、ジェラルドは助けてなどくれないだろう。

「・・・ルシアさんに見つかってもマズイな、早めに切り上げないと」

 ルシアが出社するまでおよそ後30分。セドリックはそれより10分早く来るかもしれないので、作業時間は実質15分。手早く済ませなければ。
 まず国際警察ミステト支部へ加入したのが去年の春。不審点はない。しかし、更にスクロールしていくと同年の夏に2週間も不審な休みを取っている事に気付いた。負傷したという記載は無いので、何かの事情がありやむを得ず有給を取ったのだろう。何か引っ掛かる事はあるが、これもスルー。

「――何だこれ」

 更にスクロール、画面が固まった。
 それは個人データの底に着いたわけではない。物理的に、パソコンの画面が動かなくなった。それはつまり、より高いレベルのセキュリティで以下の情報がロックされている事を示す。
 このままそのセキュリティを解いても良いが、成功率が低い上、作業時間終了間際。今からそんなものに手を出していればメンバーの誰かが執務室へやって来てしまう。
 何より、たかだが一社員の為にここまでのセキュリティツールが使われているという事実。控え目に言って変だ。恐らく、それがブレットの情報であったのならばこうも強固なセキュリティは張られていないだろう。

「クソッ、動かない――」
「はよー。あ?何だ、お前だけかよ」
「ッ!?驚かさないでくださいよ、先輩!今ちょっと冷や汗出ましたよ朝一で!!」
「何だよ朝っぱらから元気だな――って、俺の頼んでた仕事やってたのか」

 ジェラルドには開示する予定の情報だったので画面を覗き込まれても大した抵抗はしなかった。しかし、マウスに手を伸ばし、更に情報を見ようとした先輩は僅かに首を傾げた。

「何かこれ止まってねぇか?壊れてるだろ」
「そうなんですよ。まずいな、これじゃ画面も切り替えられない。すいません、電源抜きますね」

 データが飛びませんように、そう祈ながらブレットは机の下に隠れたパソコンのコンセントを引き抜いた。こういう電源の落とし方はパソコンの故障に繋がるので、もう二度とやらないようにしよう。