第1話

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 ぐっ、と背伸びしたカミラは緩く構えた。その間に手招きしてルシアを呼び寄せる。
 吸血鬼だからか性格だからかは知らないが、とにかく彼女は周囲を鑑みない。高貴な吸血鬼だからだと言われてしまえばそれまでだが、巻き込まれれば唯では済まないので早めに新入りを回収しておきたい。
 右左の安全を確認したルシアが軽快な足取りで走って来る。それに気付いたカミラが「ハロー」などと言って手を振った。勿論、新入りも笑顔で手を振り返した。メンタルはやはり鋼鉄で出来ているらしい。

「先輩、あの美人さん、誰ですか?カノジョですか?」
「違うよ!変な事言うの止めて、あの人沸点低いし地雷はどこに埋まってるか分からない、時々理不尽な人なんだから!」
「そういう所ですよね、ブレット先輩って」

 お喋りも程々に、カミラを加えた――否、カミラを中心とした第二ラウンド。だが当然彼女はみすみす怪我をしたり、或いは死亡事故を起こしたりする程ひ弱ではないので程なく決着するはずだ。
 現状においてブレットが出来る事はただ一つ。これ以上の被害を出す前に、何とかカミラがさっさと蹴りを着けてくれる事を祈るだけだ。

「あーあー、帰りにケーキ買って帰ろっと」

 言うが早いか、呻るドッペルゲンガーへ向けて、カミラが術式を展開した。その速度はジェラルドのそれを上回る。びりびり、と微かに建物の窓ガラスが振動した。
 差し出した左手、手の平を中心に円形の術式が展開されていく。それは成人男性の頭くらいのサイズになると成長を止めた。ここまでが5秒半。
 続いて緩慢な動きで術式の射出方向を定める。1秒の更に半分。
 ふわり、手の平から離れた術式が射出、着弾するのに2秒を掛ける。
 瞬きの刹那には盛大な爆発音が鼓膜を叩いた。ドラマや映画で見る爆発シーン。行き交う人々が悲鳴を上げるのが目に浮かぶが実際はそんなに生易しいものではない。叫ぶ声すら掻き消すであろう轟音。上がる火柱に圧倒的な熱風。口なんて開けていたらからからに乾燥してしまう事だろう。
 事が収まる頃にはブレットは再び地面に突っ伏していた。爆発により生じた爆風に耐えられなかったのだ。見ればルシアはしれっとした顔で衣服を整え、すでに立ち上がっている。

「人間って本当に脆弱よねぇ。この程度、さっさと殺してしまえばいいものを」
「それが出来たら、今頃僕はこんなに満身創痍じゃないでしょうね」

 目標物が跡形もなく爆散したのを確認、カミラが振り返って微笑んだ。ちらりと覗く牙は本当に凶悪で、触れれば血が噴き出すような輝きを秘めている。当然だろう、吸血鬼とは文字通り吸血する種族。人間の犬歯如きの鋭さでは、生物の皮膚を裂き、血管へ到達するのに苦労してしまう。
 そんなカミラの赤い双眸がルシアを捉えた。こんな職業柄だからか、男性の多い職場だ。女性であるルシアが増えて嬉しいのだろう。

「こんにちは。あら、かなり若いのね。あたしはカミラよ」
「ルシアです。よろしくお願いします」

 どちらからともなく手を差し出し、握手する。ねえ、とその手を握ったまま悪戯っぽくも妖艶な笑みを浮かべたカミラが囁く。

「外から来たそうね。実はあたし、吸血鬼なの。どう、貴方の故郷にあたしの同胞はいたかしら?」
「いいえ。いませんね。初めて実物の吸血鬼を目にしました」
「そう?もーっともっと、驚いていいのよ?」
「はぁ・・・」

 ――ルシアさんはルドルフさんの時も反応が薄かったから触れないであげて!
 女性同士の会話に横槍を入れるのは憚られ、言い掛けた言葉を呑み込む。意気地のない奴め、脳内で罵られたように錯覚したが、所詮は錯覚。藪蛇など勘弁して貰いたい。

「ところで――素敵な指輪ね。誰かとの約束?それとも、ナンパ防止かしら?」
「カミラさんが、そうだと思う方で」
「あら。お利口さんね」

 それまでイマイチ触れる事の叶わなかった話題にさらりと触れたカミラはルシアの言葉を聞くと愉しそうな顔をした。握手したままの状態だった両名の手が離れる。

「後で詳しくお姉さんにも聞かせて頂戴ね?」

 ――女性の駆け引きってよく分からない。