第1話

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 ――やらかした。
 頭に血が上って、こんな人間が到底太刀打ち出来ないような化け物と正面からやり合うという失態を犯した。冷静な頭で考えればこの直情的な行動しか取れないドッペルゲンガーに怒りを覚えさせればどうなるのか、分かっていたはずだ。
 本当にペースを崩されていたのはブレット自身。身から出たサビであり、同時に慣れからの余裕という慢心。本当に自分は新人を気遣える立場だったか?今まで生き残ってこられたのは、自分の身の安全を第一に考えていたからではないのか?それがこのザマ。
 ぶんっ、とハエを全力で叩き潰すが如くドッペルゲンガーが腕を振り上げる。怒りに我を忘れているが、その暴力は簡単に人体をミンチへと変えるだろう。

「クソっ・・・!」

 《ギフト》を起動。間に合うか――
 ふわり、ブレットが起こしたものとは違う、人が移動する時に起こるような小さな小さな風が頬を撫でた。瞬間、ドッペルゲンガーの白い巨体が黒く斑に浸食され、見えなくなる。違う、見えなくなったわけではなく、自分の目の前に黒い服を着たその人が立ちはだかったからだ、そう理解したのはハンマーか何かで壁を殴るような音が反響した後だった。

「あらあら、どうしてジェラルドはいないのかしら。貴方、一人でやり合っていたの?」
「・・・いえ、一人じゃないんですけど、実質一人というか・・・」
「そうなの?」

 はは、と乾いた笑い声を漏らしながら顔を上げる。すらりと伸びた四肢、それを包むウェットな感じの黒い服。緩くウェイブの掛かった真っ黒な長髪。白を通り越して青白い肌と――吸血鬼である事を示す、ルビーのように赤い瞳。
 ハァ、と盛大な溜息を吐いたブレットはゆっくりと立ち上がった。

「何だかお久しぶりですね、カミラさん」
「ええ、そうね」

 妖艶に微笑んだ支部のメンバーであるカミラは高いヒールを鳴らし、再びドッペルゲンガーと向き合った。その化け物は突如現れたカミラに対し警戒心を隠しもしない。そんなドッペルゲンガーからかなり離れた所でルシアが所在なさげに突っ立っている。彼女、リアルラックの方もかなり高いと見た。何故、そんな所にいて襲われない。

「あの、カミラさん。後方にいる彼女はルシアさんで――例の、新入りです。巻き込まないように注意してください」
「新入り!?来るとは言っていたけれど、女の子じゃなぁい!やった!早く終わらせて、根掘り葉掘り色々聞かないと!!」

 カミラ嬢はミータルナ出身の高貴な血筋である吸血鬼。外の世界に興味があるのは自明の理というものだろう。彼女の化け物のようなマシンガントークに付き合わされるルシアを思い、ブレットは心中で合掌した。