第1話

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 恐らく彼女の弾丸は奴に通じない。であれば、援護射撃を期待するよりあの一撃を躱す方が優先だろう。
 決めるが早いか、ブレットは腕を引き、身を翻した。その一瞬後に先程までブレットが立っていた場所に巨大な腕が振り下ろされる。地面の揺れと、風圧で身体が吹き飛ばされた。何て力だ。ゴロゴロと地面を数回転がり、反動を着けて起き上がる。

「くっ・・・!」

 銃声。今度はルシアがドッペルゲンガーの気を惹く為に引き金を引いたのだろう――が、何故か奴はルシアの方では無く、執拗にブレットへ突進した。体勢は立て直していたが、予想外の動きに一瞬だけ対応が遅れる。
 まずい、そう思った瞬間には横殴りに振り払われた腕が、ブレットの腕に触れ、そのままその身体を粉微塵に吹き飛ばした。空気の抜けるような音が自らの口から漏れるのを聞く。

「ぐっ、ゴホゴホッ!」

 内蔵をミキサーに掛けられたと錯覚するような衝撃。何かの店に背中を打ち付け、堪らず咳き込んだ。押さえた手に粘着質な赤色が付着する。まずいまずいまずい、ここで動けなくなったらルシアと共倒れする。
 毎回毎回、新人が亡くなる度に暗く沈んだ顔をするセドリック署長とジェラルド先輩の様子を思い浮かべれば、簡単に諦める事は出来ないが、そう思ったって絶体絶命である事に変わりはない。

「先輩!大丈夫ですかー!!」

 ルシアの声が鼓膜を叩き、見えているのかは不明だがブレットは片手を挙げてそれに応じた。生きてはいる。骨が何本かイカレたのは確かだが。
 腹に響くような足音。
 奴が近付いて来ているのが分かる。トドメを刺しに来たのか、或いはもう自分が払ったハエの事を忘れて動く生命体に寄って来ているだけなのか。後者であればもう少しばかり寿命を延ばせそうだ。

「ブレット先輩!早く起きてください、死にますよ!」

 ――いや、無茶言うな。
 銃声に次ぐ銃声。ドッペルゲンガーはその音が己に効かない事を学習したのか、反応すらしなくなった。いかん、新入りの心配なぞしている場合じゃなかった。誰がって、自分が一番状況的に危険。
 ポケットに手を突っ込む。硬い手触りが不思議と心を落ち着かせた。
 チェーンの着いた《ギフト》を取り出し、数メートルの距離にまで迫って来ているドッペルゲンガーへとそれを向ける。
 神が人に授けし反抗の証し。
 人智を越えた、人間の為だけの至宝。

「死んで・・・堪るか・・・っ!!」

 風が渦を巻く音が聞こえる。
 素早く起き上がったブレットは、渦巻く風の中心へその手を突っ込み、フリスビーを投げるような要領で迫ってくる化け物へと、それを放った。
 凶暴な風切り音が、次の瞬間には肉を裂く音へと変わる。

「うがぁ・・・ご・・・お・・・」

 意味不明な音を漏らしたドッペルゲンガーの表皮が僅かに斬り裂かれ、鮮血が溢れだす。それは徐々にアスファルトの地面を赤黒く染め、染めて――
 苦悶の声を漏らしていたその化け物は、一際大きい、ハッキリと分かる怒気を込めた咆吼を挙げた。