3-9
さて、どうしたものか。正直、ドッペルゲンガーに知能はほぼ無いので攻撃を当てる、アレから逃げるくらいは車に乗っていても余裕である。が、ああいう無知能にありがちな設定だが、とにかく頑丈。恐らく手持ち武器のタガーも拳銃も、ドッペルゲンガーの表皮を裂くには至らないだろう。
同時にそれは、明らかに銃しか所持していないルシアにも当て嵌まる。攻撃手段が無い。こういった手合いはジェラルドの魔術や、いっそ腕力がメーターを振り切っているセドリック、ルドルフに任せるべきなのだが、勿論この場に彼等はいない。
「ごめんルシアさん、たぶん僕達じゃ対処のしようが無いから、ルドルフさんに連絡取ってくれる?」
「目を離して大丈夫でしょうか」
「大丈夫大丈夫。アイツ等、基本的に何かに狙いを定めるって程の知能も無いからね」
一つ頷いたルシアが手早くスマートフォンを操作、支部へ連絡を繋げる。ワンコール、ツーコール、スリーコール――着信音が1周したところでようやくルシアが口を開く。
「すいません、救援お願いします。場所は――」
ペラペラと上手い事場所の説明をする新人。ボンヤリ車外を眺めていると思ったが、一応周辺の地理情報は把握していたようだ。
ガッシャァン、という一際大きな破壊音で我に返る。
あまり気は進まないが足止めくらいはしておいた方がいいのだろうか。このまま破壊活動を黙って見ているわけにもいかない気がする。
「あー、本当は悪手なんだけどなあ・・・。ルシアさん、アイツを足止めするような方法とか持ってる?」
「銃弾が上手い事めり込めば行けると思います。端的に言うと無理そうです」
スマートフォンを仕舞った新入りはこれ以上ない程簡潔にそう述べた。仕方が無いが、彼女の《幸運》でどうにもならないのならば、やはり退避したい。退避したい!
「《幸運》と一口に言っても・・・こういう予測不能の事態でそれを使うと、巻き込み事故とか発生しそうだし、あまり使いたくないんですよね」
「えっ。室内で拳銃ブッ放した君には言われたくないんだけど」
「そこはそれ、私の《幸運》がどういう風に作用するのかある程度予想着くじゃないですか。味方には当たりませんように、とか」
「思ってたよりコントロール効かない感じなんだね・・・」
《ギフト》はだいたい痒い所に手が届かない仕様ではあるが、彼女のそれは問題外である。まったく思い通りに使えない力なんて、使い所を見極める以外に使用者が出来る事など無いではないか。
――仕方無い。本当は絶対にやりたくないが、救援が来るまでの間、ドッペルゲンガーの相手をするしかないだろう。さすがに目の前をウロチョロする人間がいたらそちらを狙うだろうし。万が一にでも腕なんかが人体と接触すればスプラッタは免れないが、仕事は仕事。受け入れる他ないだろう。何て毒された考え方か。
「ルシアさん。僕達は今から、アレの足止めをしなきゃならない」
「早速命の危険を感じるお仕事ですね。張り切って行きましょう!最悪、私は死ぬ事は無いと思うんで」
「うーわー。パネェわー。《幸運》パネェわー」
この後輩、自分だけ助かる気満々である。生き残る側の考え方だが空恐ろしいものを感じるのも確かだ。ルシア=スタンレイ、本当に生き残る方の3割なのかもしれない。サバイバル精神が旺盛過ぎる。
「行きます!まずは飛び道具持ちの私が、ドッペルゲンガーの気を惹きますね」
言った直後、意気揚々とした顔のルシアは当然のように銃口をそれへと向けた。躊躇いがなさ過ぎるし、何より思い切りが良すぎる。
遠く、銃声という名をした開幕の合図を聞き、ブレットは深い深い溜息を吐いた。