第1話

3-8


「・・・ああ、どうしてこんな時に」

 思わず口を突いて出た言葉はそれだった。隣に並ぶルシアが前方を凝視している。
 目測100メートル先。民家くらいの大きさをした、白いボディ。それは一応人型をしているが、東部には真っ黒なギザギザの口があるのみで目や鼻は無い。唯一の顔パーツである口から漏れる声は、声と言うよりは呻り声だ。もっと端的に言えば獣のような、意味を成さない音の数々。

「何ですか、アレ」
「あれがドッペルゲンガーだよ。まあ、目も鼻も無いような奴は久しぶりだけど」
「・・・支部の基準で『通常時』の時は顔のパーツくらいは揃っている、という事ですか?」
「そうだね、まあ、一応は」

 内心では酷く動揺していた。危惧していたのだと思う。
 ルシアが、ドッペルゲンガーに対しもっと『人間的な』希望を持っていたのではないのかと。もっと人の形をしていて、もっと故人に近いもので、もっと人間のようなものなんじゃないか、そう思っていたのかもしれない。
 ちら、と彼女を見やる。驚いた顔は初めて見たかもしれない。やはり、彼女だって人の子。驚くべきところはちゃんと驚くんだ。人とツボが違うだけ、きっとそう。

「あー、ルシアさん?こんなんだからさ、ミータルナ以外の街にこんなのが現れちゃうと、ニュースにならないワケがないよね?」
「そうですね、すいません、生意気に噛み付いたりなんかして」
「どう?ガッカリしたかな?」

 いいえ、とルシアは薄く笑みを浮かべた。ゾッとするくらいに残酷で、冷徹な。

「おぞましいですね、とても。むしろ安心しました。彼はどこからどう見ても、排除すべき化け物です」
「それさ、遺族の前では言わないでね・・・」
「化け物でしょう?意志を持たず、今だってあれは破壊行動ですよね。これは故人ではなく、似てもいないただの別の生き物です。何を以てドッペルゲンガーなんて思わせぶりな呼称にしたんですか?」

 それは勿論、遺族が「彼は我々の愛しい人です」と言ったからに他ならない。けれど、そういえば確かに遺品を持っているドッペルゲンガーは数多くいるけれど、遺族の皆々様は何を以て「この化け物は我々の○○です」と断定したのだろうか。
 けれど、思考はすぐに切り離された。現れたドッペルゲンガーが街角の店に巨大な腕を叩き付けたからだ。ああ、野放しにしているとまた街が大工事中とかになって交通が滞る。それだけは避けたい。通勤が面倒になるし、何よりクレームが多発して受付のメンバーがノイローゼになる。