第1話

3-4


 それは仕方無い事だが、とジェラルドが眉根を寄せた。

「ドッペルゲンガーの方もどうにかしねぇとな、そろそろ。もうアイツ等出現し始めてから何年経ったよ」

 ドッペルゲンガー問題。実は、ミータルナでは便宜上ドッペルゲンガーと呼ばれる存在が度々目撃されている。彼等は鏡写しのオリジナルにまったく似ていないどころか、ドッペルゲンガーそのものはただの化け物だが、遺族曰く「あれは間違い無く死んだ○○」、らしい。
 それは事実そうなのだろう。何せ、唐突に現れるドッペルゲンガーという化け物は服や遺品を身につけている。そして遺族が言うにはオリジナルの本人は亡くなっており、本来なら墓の下に埋まっているはずなのだと。
 ――数人がそう言うのであれば、それは気のせいだ、死者が生き返るはずがない、で済むのだが洗ってみれば半数近く遺族が名乗りを上げちゃうので、彼等化け物には『ドッペルゲンガー』という名前が付けられてしまった。
 そう、死者蘇生ではない。何故ならドッペルゲンガーには生前の記憶が無いから。そんなものは他人の空似、よく似た他人に他ならない。頭では割り切れるが、遺族はどうなのだろう。

「ここのところ、ドッペルゲンガー事件って増えましたよね」
「あのー、前の上司に聞いたんですけど、ミータルナにしかドッペルゲンガーって出ないらしいですね」

 意外にも興味津々と言った体でそう訊ねてきたのはルシアだ。人狼にも興味を示さなかった彼女は、他人の空似には興味があるらしい。素直で良いが、蔑ろにされたルドルフが多少可哀相ではある。
 ルシアの聞いた『噂』は事実だ。ミータルナ以外でドッペルゲンガーが目撃された例は無い。ゼロ。

「それも謎だよなあ。何でここにだけ出るんだ、ドッペルゲンガー」
「うむ・・・。だが、恐らくは先に4区のゾンビ事件を解決する事になるだろう。ドッペルゲンガーそのものは召喚術を起動されるより恐ろしいものではない」
「やる事多すぎて、うちの支部って何でも後手後手っすよねー」

 やる事が毎日多すぎて全ての事に手が回らないのは事実だ。一応、春に新人がやって来るが先にも述べた通り生存率3割。慢性的どころか常日頃から人手不足に悩まされているのが実情である。
 誰しもがここ、ミータルナで人助けをしたい、という熱い性分を持っているわけではない。人を救う事で貰える給料が目当てなのは悪い事ではないし、その上でわざわざ死地へ赴く必要がないというのも納得しうる理由だ。

「ドッペルゲンガー。とても興味深いですね」
「・・・ルシアよぉ、お前がこんなのに食いついて来るのは意外だぜ」
「当然でしょう?上手くいけば、死者蘇生なんていう人類の永遠の夢にまで手が届くかもしれない現象じゃないですか」
「お?死者蘇生に興味あんのか?魔術やる?」
「それには興味はありません。ただ、ドッペルゲンガーという存在には興味があるってだけで」

 ――それは結局、死者蘇生については口から出た適当な理由に他ならないという事だろうか。
 会話中の様々な矛盾点に気付いてしまい、ブレットはげんなりと溜息を吐いた。目的が分からない以上、彼女にはあまりドッペルゲンガーの知識を与えない方が良いかもしれない。好奇心は猫をも殺す。勘が当たっていれば、このヤマは危険極まり無い大事件だ。