第1話

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 それから数十分歩き回っただろうか。不意にジェラルドが足を止めた。そのまま踵で地面をトントンと叩く。

「あー、この辺の真下っぽいな。マジで地下じゃねぇか。あー、行きたくねぇなあ・・・」
「先輩、腹をくくりましょう。早く帰らないと夕飯食いっぱぐれますよ・・・って、何やってるの、ルシアさん」
「お祈りです」
「何の!?」

 先程からルシアが随分静かだと思えば、彼女は首下のチェーンに着けていた《ギフト》を取り出し、それをロザリオのように両手に引っ掛けて祈を捧げるように目を閉じていた。うん、確かにお祈りする姿勢だ。
 おい、と引き攣った顔のジェラルドに脇腹を小突かれる。

「俺さ、ミータルナ暮らし長いから知らねぇんだけど、こいつもしかしてテディスの信者じゃね?つか絶対そーだろ、だってアイツが持ってるあれ、《ギフト》だもんな?」
「偏見ですよ。僕達だって《ギフト》は積極的に使うじゃないですか」
「いやいやいや!あんな鉱石に神うんちゃら、つって祈るのはテディスだけじゃん?」
「そうですけれど、宗教を信じる事の何が悪いんですか・・・」

 ――ミータルナでは神崇拝の意識が極端に低い。ブレット自身も外部の人間なのでその『異常感』にはすぐ気付いた。体感4割くらいの人間が今やテディス教の信者。かつて、左遷される前まではブレットもそうだった。
 しかし、人智の及ばないこの街へ来て思い知ったのだ。
 曰く――神に祈ってる場合じゃねぇ、と。そんな事やっている間にも状況は目まぐるしく変わるし、祈ったところで状況が好転した例しは無い。毎日が転がるように進んで行く中、神がどう思っているとか、神をどう思っているとか考えている時間が無い。
 そしてその思想はミータルナにいる期間が長ければ長い程、顕著だ。先輩を見ているとつくづくそう思う。

「・・・そろそろ止めさせね?ルシア、今から突入すると思ってんだろうけど、召喚術扱ってる地下の個室を探すだけで、まだ突入しねぇし」
「じゃあ先輩が声掛けてくださいよ」
「じゃあ、の使い方間違ってんぞ」

 ――何て意気地がないんだ!
 などと悪態を吐きつつも、宗教系は逆鱗がよく分からないので声を掛けていいのか戸惑う。特にテディス教だとすれば地域によって祈り方とか、作法が違うので途中で声を掛けて猛烈に怒られるのは勘弁願いたいものだ。

「あー・・・ルシアさーん――」
「はい?」

 案外あっさりルシアが応じたその時だった。乾いた破裂音。それが銃声である、とすぐに理解出来てしまってやや落ち込んだ。これじゃあまるで、銃声なんて常日頃から聞いているみたいじゃないか。いや、事実そうなのだけれど。
 うわ、とジェラルドが顔をしかめ、ルシアはきょとんとした顔をしている。潜ってきた修羅場の数が露骨に現れて悲しい。

「どこかで抗争か?銃声が聞こえるって事は人狼と吸血鬼のバトルロワイヤルじゃなさそうだな」
「確かにあの種族、仲悪いですけど!さすがに昼間っから喧嘩なんてしないでしょ!どっちも夜行性だし!」
「チッ、止めて来るべきか――」

 言いながら苛々とジェラルドが足を踏み出したその瞬間だった。ブレットは視界の端にそれを捉え、ルシアもまた「あ!」、と声を上げた。

「せ、先輩!ストップ!ストーップ!!」
「あ?」

 僅かに先輩の移動速度が緩んだ。その一拍後、ジェラルドが次に足を踏み出す場所だった所に電柱が突き刺さった。ジェラルドは目を見開いて硬直しているが、あらましを全て見ていたブレットとしてはその電柱によってジェラルドの身体と地面が縫い付けられなくて良かったと安堵するのみである。