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「ところで――」
緊張の余韻から解放されたらしいセドリックはルシアを見据え、小さく首を傾げている。それを見たルシアも首を傾げた。そりゃそうだ。
「君は何故、こんな時期にミータルナへ?」
「それ、聞いちゃいます!?」
「ど、どうしたんだブレット・・・」
直球過ぎる問いに思わず叫べばセドリックは目をパチパチとして驚いた顔をしている。明らかに訳ありなので、訊いて問題無いと確認するまでは触れないでおきたい話題だったというのもある。
何せ、新人の個人情報を暴くのは自分の役目だ。いくら外部の紹介とはいえ、ここミータルナでそれを鵜呑みにする事は出来ない。
「む、女性に訊いてはいけない事だったか・・・?すまない、先程の質問は忘れてくれ――」
「え、いえ別に構いませんけれど。私がここへ来た理由を訊いてるんですよね、署長は」
「答えたくないのであれば、別に・・・私もどうしても知りたかったわけではないし」
そうですね、とルシアが考えるように首もと――首に掛けているチェーンの先を弄くる。特に失礼という程のものではないが、何となく人を観察するのが仕事であれば気になるような仕草だ。癖なのだろうか。
――ああ、いけない。何でも観察対象にするのは悪い癖だ。
諜報員時代の悪い癖。あまりにも人を見すぎるのは心象が悪いし、ましてや相手は新入り。変に観察していると勘付かれて警戒されるのも問題だ。職場内イジメ、駄目、絶対。
「そうですね、私がミータルナへ来た理由は――」
内容が纏まったのか、彼女がそう言葉を紡いだ瞬間だった。
ジリリリリリリ、というけたたましい置き電話の音が鳴り響く。それは受付から掛かって来る音ではなく、諜報達からの連絡を意味する音だった。
目を見開いたセドリックが咄嗟にルシアの続く言葉を止め、受話器を取る。
「うーわー・・・何か面倒事の予感しませんか、先輩」
「十中八九そうだろ。ルシアはどうするのかね、留守番か?でもこいつ、一応戦闘員でエントリーしてるし一緒に連れて行った方がいいかもな」
「えっ、そうなんですか?僕はてっきり諜報部の方かと・・・」
そんな事無いですよ、と話を聞いていたらしいルシアが笑みを浮かべる。やっぱり人に不快感を与えない笑顔の作り方といい、諜報向きだと思う。もっと端的に言えば、そういう訓練を受けているような印象がある。
「前の職場では諜報も、戦闘もやってましたよ。オールラウンダーってやつです」
「あー、なら僕と同じタイプかもしれないね」
「つっても、無理そうなら職種を変えた方がいいな。何せ、ここは地方の支部と違っていつもどこかで戦闘起きてるような場所だし」
「大丈夫ですって、何とかなりますよ」
「お前その・・・根拠の無い自信はどっから引っ張り出して来たんだよ。死亡率7割だぞ、7割」
「じゃあ、何としてでも残りの3割に入りますね」
――それじゃあ決定事項みたいに聞こえるよ、ルシアさん・・・。
いまいち危機感の無い新入りに脱力感さえ覚える。緊張でガチガチタイプも長生きしないが、こういう飄々としたのも生き残らない。といっても、この手のタイプは実力に裏打ちされた自信がミータルナで通用する程のものであればジェラルドのように平気で生き残るのだが。
がちゃん、という受話器を置く音で再びメンバーの間に沈黙が訪れる。ルシアが入って来た時のようにそら恐ろしい顔をしたセドリックがその恐い顔のまま腕を組んだ。
「急ですまない、仕事の時間だ。諸君」