4話 創られたページ

08.フードの人物


 メイヴィスの返事を聞くや否や、アロイスがもの凄い勢いで飛び出して行った。最早、隠密行動も何も無い。お手本のような奇襲である。
 案の定、ターゲットであるフードの人物は唐突な物音に驚き一瞬だけ動きを止めた。ただ、予想外だったのはフードの人物もまた奇襲を受ける事に少しばかり手慣れたような様子だった事だ。

 動揺は1秒の半分。フードの人物はすぐにアロイスを視界に収めると衣服の下から得物を取り出して襲撃に備える。
 それが完了すると同時、アロイスがフードの人物の元へ到着。体格に似合わない俊敏な動きで屈むと足払いを掛けた。フードの人物が軽く跳躍して、アロイスの長い足を飛び越える。

「あれ……何だか……」

 2人の小競り合いを見ていると謎の既視感を覚える。フードの動きを目で追ってみるが、既視感の正体は分からない。彼は少し短めの剣を振るっているだけだ。
 次に生じたのは違和感。あの剣、市販の両手剣に分類される長さのものではない。武器には明るく無いが、それでも剣規定の刀身ではないのが分かる長さなのだ。

 ――何だっけ、何だったっけ……?

 喉元まで答えが出掛かっている。が、その答え合わせをしたのはメイヴィスの中にある記憶ではなく、今まさにフードの人物と戦っているアロイスその人だった。
 アロイスの振るった短剣をフードの人物が紙一重で躱す。その時の動きではらり、とフードが脱げた。

「……!? ヘルフリートさん!?」

 一瞬、事態が呑込めず思考が凍る。何故彼がここに? ここで何をしていたのか? 色々と尽きない疑問はあるが、戸惑っている間にフードの人物――改め、ヘルフリートは腰に帯びたままだった双剣の片割れを抜き放つ。
 既視感と違和感の正体は同一の物だった。彼が先程からずっと振るっていた刃は剣は剣でも双剣。片手で振るう手数重視の武器であった為、刀身が普通のそれより短いのだ。一度、彼には模擬戦を手伝って貰った事もある。そういった諸々の記憶が既視感と、そして違和感を生んでいた。

 そしてもう一つ。
 先程からずっとヘルフリートと対峙していたはずのアロイスに、驚きは無かった。戦っている内に正体に気付いたのだろう。

 ――このまま放っておいて大丈夫だろうか?
 アロイスが手に持っているのはいつもの大剣ではなく、奇襲用に取り出した短剣。それでも非戦闘員から見れば恐ろしく強いのに変わりは無いが、決定打に欠けるのか決着する気配が無い。
 ヘルフリートの速さに重きを置いた戦闘スタイルに晒されている今、背のベルトに固定された大剣を装備し直すのは難しいのではないだろうか。

「手助けに、行こう……!」

 少し前、ナターリアも交えて模擬戦をした時の記憶が鮮やかに蘇る。そうだ、あの時も結局、アロイスと結託してヘルフリートとナターリアの両名を退けた。
 自分は間違いなく、アロイスの味方だ。

 ローブからロッドを取り出す。最近新しく誂えた武器。振るうだけで魔法を即発動する、非戦闘員の為の護身用ロッドだ。
 あんな高速で動き回っている騎士達に向かって、術式や呪文を必要とする魔法を当てるのは至難の業。数打ちゃ当たるの法則で魔法を撃つのが正しい方法だ。特に、アイテム・ボックスのような立ち位置の自分には。

「アロイスさん!」

 一応は声を掛け、ロッドを振るう。直前、騎士達は申し合わせたかのようにチラリと同時にこちらを一瞥した。
 ヘルフリートに放った魔法は丁度、2人の間に着弾し周囲の地面に薄く氷を張る。同時に飛び退った騎士達には掠りもしなかったが、ゼロ距離で斬り合いをしていた両者の間に明確な間合いが出来た。

 その機を逃さず、アロイスが武器を愛用品に持ち替える。
 ヘルフリートの何とも言えない目と目が合った。余計な事を、と思っているようでもあり、やっぱりいたんだと言わんばかりでもある。

「ヘルフリート、何のつもりだ?」

 間合いが取れた事により会話をする余裕も生まれたのか、少し苛立った様子のアロイスが言葉を発した。こちらも苛立ちを隠しもしないヘルフリートが首を横に振る。答える気は無い、という意味だろうか。

「答えられる事は何一つありません」

 きっぱりと言い切ったヘルフリートに、アロイスが目を眇める。結構な勢いでお怒りのようだ。
 両者が無言で戦闘を再開する。
 ただし、メインウェポンを手にしたアロイスは先程までとは動きが違った。何度か鍔迫り合いを繰り返す内に、ヘルフリートの左手から剣を弾き飛ばす。
 咄嗟に受け身を取った右手からも得物を叩き落とした所で、降参と言うようにヘルフリートは両手を挙げた。ぐったりと溜息まで吐いてかなりお疲れのご様子だ。