04.非戦闘員の鉄則
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時折、空を見上げながら救援ポイントへと急ぐ。あの鳥は大体の場所を教えてはくれるが、道なりに飛んでいる訳ではない。時には迂回し、時には最短ルートを使って前進する。
そうこうしている内に森林の更に内部にまで辿り着いていた。とはいえ、ここはコゼット・ギルドのお膝元。遭難の恐怖はあまり感じない。
「止まれ、メヴィ。……何か物音がする」
「アロイスさんの人間離れした五感はどうなってるんですか……。やっぱり私には何も聞こえませんが……」
しかしアロイスの中では近くに誰か、或いは何かがいるのは確実らしい。これ以上進み過ぎないよう、メイヴィスの肩には騎士サマの大きな手が掛けられてやんわりと動きを封じられている。
しゃらり、という軽やかな音が聞こえたかと思えばアロイスは既に背の得物を手の中に持ち替えていた。
「アロイスさん！ 何かって、ギルドのメンバーかもしれませんよ、間違って斬り殺したりしないでくださいね……」
「そういえばそうだったな」
「アロイスさーん」
「いや、誤って味方を攻撃してしまう前にいっそ声を掛けた方が良いかもしれない。――おい、そこにいるのは誰だ！」
思い付いてから行動までが早い。アロイスの声は思いの外大きく、周囲に響き渡った。ややあって、遠くからガサガサと遠慮の無い足音が近付いて来る。
――見覚えのある、というかどう見たって知人。ただし、こんな所を一人で彷徨くタイプのメンバーではなく、メイヴィスと同じように後方支援型のはずだ。
「イェオリさん!? 何でこんな所に、一人でいるんですか！」
「すまん、メヴィ。彼は誰だろうか？ 俺は会った事が無いようだ」
「ああ、アロイスさんは初対面でしたか。あのー、たまに話題に上がる魔物学者のイェオリさんです。私、彼にはかなりお世話になってるんですよね」
「例の魔物学者か」
明らかに埃被った白衣を纏う彼は、よく見れば細かい傷が幾つも出来ていた。盛大に転倒した後のような状態だ。覚束ない足取りを前に慌てて駆け寄る。
「うっわ、大丈夫ですか？」
「ああ……。全く酷い目に遭ったよ……」
「何があったんですか？ 救援の鳥飛んでましたけど」
「それは僕が飛ばしたんだよ。……恐らく、ギルドの近くだから誰かが助けに来てくれると思ってさ」
「どうして一人でこんな所にいるんですか」
繰り返すようだが、イェオリはあくまで学者。彼の本分は当然ながら戦闘では無いし、下手をするとメイヴィスよりずっと足手纏いになる存在だ。フィールドに出ているという事は、魔物を調査するクエストだったのだろうが、それでも武闘派のメンバーを連れて行くはずである。
何より彼自身が魔物と一人で戦える存在でない事をきちんと理解している。よって、今は見えないギルドのメンバーがどこかにいるはずだ。
案の定、ぐったりと溜息を吐いたイェオリは事の全容を少し焦り気味に話し出す。
「詳しい説明は省略するけれど、僕達は数名で魔物の調査クエストの為、森に赴いていたんだ。見掛けない魔物がいるって言うんでね。持って帰れるサイズでもないようだったから、僕も出掛ける事になってしまった」
「やっぱり、一人じゃ無かったんですね？」
「そう、仲間とは魔物から逃げる過程ではぐれてしまったよ……。とても太刀打ち出来る様子ではなかったし、早く見つけてしまわないと」
話を聞いていたアロイスが眉根を寄せる。
「散り散りに逃げたという事か？ それは悪手だぞ」
「いや、これにはちゃんと理由があるんだ。僕にはよく分からない理屈だったが、相手の魔物は――いや、神魔物は何も無い場所から突如現れて広範囲に攻撃、消えるという行動を繰り返す」
「突如現れる？」
「ああ。距離や僕達が走る速度は一切関係ないようだったね。だからつまり、固まっていては全滅するとリーダーが考えた。それで、こうやって散り散りさ。僕の傍には一人、戦えるメンバーが付いていてくれたんだが、その彼ともはぐれてしまった……。本当に申し訳無い」
――いや、さらっと告白されたけど……この森にいるの？ 神魔物が？
まだ記憶に新しい、大失敗したクエストが鮮やかに脳裏を過ぎる。死にはしなかったけれど、それだけで痛い思いはしたし服はドロドロになるしで散々な思い出だ。出来れば二度とあんな事にはなりたくない。
「ね、イェオリさん。その神魔物ってどんな奴なんですか？」
「僕が見た所、奴の名前は――」
イェオリの言葉が不意に途切れた。というのも、唐突に周囲を見回したアロイスが不穏な空気を醸し出しながらイェオリを突き飛ばし、それを呆然と見ていたメイヴィスの腕を掴んで横っ跳びに跳んだからだ。
腕がもげるのではないか、という衝撃と共に軽やかに地面へ投げ出される。
そんな光景の隙間、確かに恐ろしいものを目にした。何も無い空間から、『突如』現れる大きな人間の唇――もとい、口。真っ赤なリップが引かれたその唇が大きく開き、目の前の空間を噛み千切る。
鋭い牙なんて一切生えていないはずの大きな口だけの何かはギチギチと目の前にあった大木を噛み砕いて、何事も無かったかのように突如として消え失せた。