03.ご無沙汰師匠
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「それでは、ごゆっくりどうぞ」
受付嬢は客室へメイヴィスを案内すると早々に立ち去って行った。目の前のドアをノックする。
「失礼します」
「よお、メヴィ!」
「ご無沙汰してます、師匠」
独り立ちしてから長らく会っていなかった師匠は少しだけ老け込んでいたが、それ以外は全く弟子時代から変わっていない。錬金術師という単語からは想像も出来ない適当且つくたびれた恰好。繊細さなど欠片も無い性格。
ドアを叩いた時は少しだけ緊張したが、一瞬でそれが馬鹿馬鹿しくなった。小さく溜息を吐きながら、対面のソファに座る。
「お前大きくなったなあ」
「多分それ、気にせいですよ。ところで、何か用事ですか? わざわざ何度も訪ねて来るなんて。まさか顔を見に来たって訳じゃないですよね、師匠ですし」
「お前もっとさ、趣のあるやり取りとかしたくないのか? まあいいけどね。俺も最近、コゼットで仕事してるんだが……」
「そうなんですか? 一カ所に留まるのなんて珍しい」
流れの錬金術師、と言うだけあって彼はあっちへフラフラこっちへフラフラと根無し草のような生活を好む。事実、弟子として彼に付き従っていた時も一つの町に1ヶ月と居た事は無い。
なのでつまり、定職に就く事も無い。どこかで日雇いされて依頼をこなす。個人ギルドのような稼ぎを行っていた。
そんな弟子の怪訝そうな顔を見て取ったのか、師は肩を竦めて首を振った。
「いや路銀が無くなっちまってさ。仕方ねぇから、半年くらいはこの辺に滞在予定だ。仕方ないよな」
「ああ、財布を管理する私がいなくなったから……」
「前から思っていたが、お前よくあんな帳簿なんざ付けられるな。俺には無理だったよ」
「私が弟子になる前はどうやって生活してたんですか。本当」
予想外だが予想外ではない、そんな矛盾に襲われながら溜息を吐く。彼の生活能力がどことなく低いのは分かっていたが、まさかここまでとは。本当に錬金術以外は何も出来ないダメンズである。
それで、と他でもない悩みの中心人物が話を軌道修正する。
「コゼットに滞在して知ったんだが、最近、神魔物の被害が多発している。メヴィ、お前危ないからコゼットから離れた方が良いぞ」
「そんな、大袈裟ですよ。というか危険だって忠告しに来たんですか? それこそ珍しいんですけど……」
「手間暇掛けて育てた弟子を心配しない師匠なんていないぞ。俺に何かあった時に、俺の技術を受け継ぐのはお前だ」
「それもそうですけど、いや恐らく大丈夫ですって! ここのギルド気に入ってるし、働き口が他に無いんですよ。スポンサー様とも今は何かやり取りしている訳じゃないし。そんな訳なので、仕事は辞められません」
「そうかあ? 命の方が大事だと思うがな」
「それに、腕の良い護衛がいるんです。問題ありません」
「……まあ、離れたくないってんならこれ以上は言わんが。俺の弟子以前にお前の人生だ。精々後悔はするなよ」
珍しい話を持ってきた割にあっさりとオーウェンは引き下がった。食い下がらないあたりが彼らしい。
心配して貰っておいてあれだが、恐らくそう簡単に死ぬ事すら出来ないので大きな問題にはならないだろう。ケガすれば文字通り痛いので、あまりトラブルには見舞われたくないが。
これで師匠の用事は完了したようだ。どっこいしょ、とおやじくさくそう言って腰を浮かせる。
「ま、元気そうでよかったよ。事故らないように気を付けて活動しろ」
「師匠も、何か依頼があったらうちのギルドに来て良いんですよ」
「はいはい」
***
オーウェンと別れたメイヴィスは再びロビーに戻って来ていた。ナターリアを待たせているので、彼女と合流しようと思ったのだ。
「ナタ! 終わったよ!」
「早かったね、メヴィ!」
目立つ彼女はすぐに発見出来た。備え付けのテーブルに座っていたナターリアがひらりと手を振る。
「メヴィ、本当に錬金術の師匠だったの? 久しぶりに会ったんだよね。あまりにも早すぎる気がするけれどっ!」
「うちはベッタベタな師弟関係じゃないからね。こざっぱりしたもんだよ。同性の師匠だったら、もうちょっと近況報告とかしてたかもしれないけれど」
「そうかな?」
「そうそう。年代も全然違うから、共通の話題がほぼ無いんだよね。しかも異性だからさ、錬金術以外で興味を持つ物も共通しないっていう」
「あー、あるかもっ!」
ロビーでのんびりナターリアと話でもしよう、と椅子に座ろうとしたら逆にナターリアの方が立ち上がった。クエストに行きたいのだろうか。
「どこか行くの、ナタ?」
「メヴィも行くんだよ。さっき、ギルマスが来て、この間のクエストメンバー集合だってさ!」
「あっ、そうなんだ」
「オーガストさん、恐い顔してたけど何かあったのかな!」
――ケガの件かもしれない……。
途端に気分が重くなった。オーガストは余程で無い限り、人を叱ったり一方的に責め立てるような事をしない。が、それは「余程で無い限り」に限る。致命傷を負うような立ち回りは小言の一つや二つ言われたって何ら可笑しい事は無いだろう。