06.ブルーノによる面談
――何だかこちらをすっごく見ている。
サングラスによってシャットアウトされた視線、それでもブルーノが自分をガン見しているのがよく分かった。
「えぇっと、わ、私に何か?」
「……ああうん、いやちょっとお前には個別の用事が……ずっと気になってたんだが……いや、ここじゃちょっとマズいな」
「え? え、何ですか一体」
彼はギルドマスター・オーガストの息子。何か身の危険を感じる類いの人物ではないが、眉間の皺はこれでもかと寄せられているのが分かる。
周囲を素早く見回した彼はややあって小さく手招きした。何故か愛犬・アッシュが嬉々として付いていく。自分への合図だと思ったのだろう。微笑ましい気持ちと、ブルーノが何を言いたいのか不安に思う気持ちが綯い交ぜになる。
一瞬だけ迷ったものの、このままよく分からない事でモヤモヤしながら日中を過ごすのも嫌だと思い直し、素直に彼の後に続く。
ややあって辿り着いたのはギルドの関係者用の客室だった。主に高値の取引をする客の為の個室相談室。ギルドの仮メンバーと言えど、ある程度自由に部屋の貸し出しが出来るらしい。
更にもう一度用心深く周囲を見回したブルーノはドアを小さく開け、滑り込むように部屋の中へ入っていく。
メイヴィスもまた、その背中に続いて高級ソファの並ぶ個室へと足を踏み入れた。
「まあ、そっちに座ってくれよ」
「まるで自宅みたいですね、ブルーノさん」
「お、おう……。悪い。あーっと、言いにくい事なんだが……」
多分、恐らく彼は俗に言う『良い人』なのだと思う。次に飛び出して来た言葉のニュアンスでそれを確信した。
「その、違ったら俺の頭が可笑しいって事で良いが、最近、人魚とかに会ったりしなかったか? そいつから綺麗な宝石を貰ったり……いや、宝石っていうか食べ物を貰ったりはしなかったか?」
「……えっ。な、何で知ってるんですか……!?」
「いや悪い、責めるつもりは毛頭無いが、あー、人外の匂いがするんだよな」
「と、言いますと?」
サングラスを掛けていても分かる。ブルーノが心底渋い顔をした。言わない方が良いだろうと理解しているが、言った方が相手の為にはなる。そんな決断を迫られている人間の顔。
「あー、んー、時間の進み方が人間のそれとは違う匂いってやつかな。確認したい事が幾つかあるが、聞いても良い話題か?」
「え、ええ」
心当たりはある。シルベリア王国、人魚村での出来事。その騒動の最後に起きた、裏切りじみた彼女の行為。身体に何の害もなさそうだったので、最近では出来事そのものを忘れていた。否、忘れようとしていたのかもしれない。
「お前が件の人魚から貰ったのは肉料理だったか? それとも、それ以外だったか? あと、それを差し出して来たのは誰だった?」
「あの、大変心当たりのある話題なので、起きた事を一通り話しても良いですか? ちょっと私、そういうのってよく分からなくて」
「心当たりはあんのか」
寛容に話を聞いてくれるとそう言ったブルーノにあの日起きた出来事を出来るだけ丁寧に話す。真摯に聞いてくれた見た目チンピラの彼は、全てを聞き終えた後に全てを理解したかのように頷いた。
「おう、吃驚する程最後のやつだな」
「す、すいません……。私、非力な小娘で」
「や、お前の意思で『人魚の涙』を摂取した訳じゃねぇなら、別に悪くねぇよ。ただ、嫌がってる人魚を無理矢理ってんなら別の問題になってたが」
「問題……?」
「ああ、まあ気にするな。世の中には知らない方が良い事もある。お前のそれは酌量の余地があるから、あんまり心配しなくていいぞ」
「私は一体何を許されたんでしょうか」
「ああ、ああ。心配すんなって、メヴィ、お前は圧倒的に被害者だよ。災難だったな。悩みとかあるなら聞くぞ」
うーん、と唸ったブルーノは今までのふわっとした話題から一転。実用的な話をし始めた。恐らくは直接自分にも関係のある話を。
「いちいち話題を隠して話しても時間の無駄だと俺は思うから、先に結論から言う」
「あ、はあ……」
「お前それ、『人魚の眷属』になってるから実質、不老不死になってるぞ」
「ええ? そんなヒューマン・ドリーム過ぎやしませんか?」
「人魚村で見ただろ。ゾンビ村人を。お前もあの状態と一緒って事だ。ただ、一つだけ違う事があるとすれば『人魚の涙』を摂取した事だな。血肉の摂取だと大体……初期は1年くらいで効果が消えてただの人間どころか急速に歳を食っちまう仕様になっているが、涙の効果は切れるって聞いた事がねぇ」
「えっ、いやいやいや! 良いんですよ不老だの不死だの。私はアルケミストやれてればそれで」
「事態は割と深刻だぞ。……いや、エグい話は良いか。お前の血肉には人魚と同じ、不老長寿の薬になっちまう」
「結局するじゃないですか、エグい話を!」
ぞっとした。思い出すのは人魚村での光景。鎖に繋がれた麗しい人魚・エジェリーと、それを死守しようと群がるゾンビ村人。そういえば彼等はどうなるのだろう。捕まえていた生きた不老長寿の妙薬は逃げ出してしまった。新しい人魚、もしくは、村人の中からその代わりを――
そこまで考えて頭を振った。
不老不死。それは一定数の人間が追い求め続ける永遠の安寧、まさに人類の夢。その研究の礎に自分がされないという可能性は万が一にも無い。ブルーノの言う通り、誰かにこの事情を吹聴するのは危険だ。
今更血の気が引く音を耳の奥で聞いているとブルーノが謳うように言葉を紡ぐ。聞いている相手を安心させようとするような声音。
「取り敢えず、親父にこの話は共有しておく。どうにかその呪いじみた特性を絶つ方法を調べてみっから、お前は自分の保身だけを考えておけよ。悲惨だぞ、その状態で人間共が営んでるどっかの研究施設なんかに見つかったら」
「そ、そうですね……。あのぅ、大変失礼なんですけど、ブルーノさんは不老不死に興味は無いんですか?」
「あん? 俺? まあ、俺は種族柄、既に不老ではあるからなあ。別に。時間なんざ死ぬ程あるが、終わりが無いのは正直怠いしこのままで良いわ」
「えっ」
「あ? ああ、ギルドのメンバーにこういう話ってしねぇんだな。親父。悪い、内密って事で」
何の種族なのかまでは聞けなかったが、人魚と同様、基本三種のどれにも当て嵌まらないのは確かだ。ぼんやりとブルーノを見ていると、行くぞと促される。唐突に押し込まれた大量の情報に頭が追い付かない。