12.師弟ごっこ
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地下の工房へやって来た。ここにきてイアンは物珍しげに周囲を見回している。もっとも、彼女の表情や思考を読み取るのはアロイスのそれを読み取るよりずっと困難であるので、本当に辺りを見回しているのかは不明である。
ともあれ、そんな少女を視界に収めつつ、メイヴィスは錬金術を開始する準備を始めた。始めたが、はたと手を止める。
――何を、どこから教えるべきだろうか?
この準備段階から既に物を教えるべきなのか、それともそれらの工程はすっ飛ばして錬金術の仕組みだけを説明すべきなのか。師事など当然した事も無いので皆目見当も付かない。
暫し迷った挙げ句、直接本人に聞いてみる事にした。分からないと言ったところから教えればいいはずだ。
「えーと、イアンちゃんは何をどこから教えれば良いかな? 錬金術、全くやった事無いんだっけ?」
「はい」
「準備とかも分かんないって事で良いかな?」
「……一から全てを教えて頂けるとありがたいです」
何故こんな事を聞かれるのか、そう言いたげに目を眇め首を傾げられた。ごめんよ、あのルーファスとかいうお兄さんと同じようには出来ない。年期が違う、年期が。
ともあれ、準備から教えるべく、メイヴィスは淡々と準備物を指示した。というか、初心に返ったつもりで一緒にやった。目の前にはいつもの倍以上掛けて拵えた、液体に満たされた錬金釜がある。そういえば、最初の頃はこうやって準備をするだけで時間が過ぎて行っていた。
そういえば、とここで再び壁にぶち当たる。
彼女はどのくらい魔法が使えるのだろうか。魔道に関しては錬金術など使えなくても何ら問題は無いが、錬金術を扱うのであれば魔道の習得は必須だ。かくいう自分も、簡単な魔法程度なら普通に扱える程度には魔道士としての経験を積んでいる。
「そういえば、魔法はどのくらい使えるの? 作るアイテムによっては、術式を入れ込んだりするから魔法の使用は必須条件になってるんだけど……」
「何でも使えます。魔力量の心配も必要ありません」
「え、あ、そう? 小さい子って魔力が少ないから無理しないで、具合が悪くなったりしたら言ってね」
「問題ありません。館の外で魔物とやり合った時と同様、小規模な魔法なら同時に幾つか使用可能ですし、恐らく貴方よりずっと魔法の扱いには長けています」
――的確且つ厳しい意見!
純然たる事実ではあるのだが、物怖じしない物言いに別の意味でドキドキが止まらない。彼女、将来的には大物になりそうだ。
「そっかー、小さな魔女みたいだね。イアン」
「……? 私は魔女ではありません。魔女そのものには一度会ってみたいとは思いますが」
たんなる冗談のつもりだったのだが、何故か酷く疑問そうな声をぶつけられた。なんぞ、失言だったのだろうか。
あまり深くは考えないようにしながら、初心者に作らせるのであれば何が最適か、思考を巡らせる。ただ、魔法が使えるとの事なので攻撃系のマジック・アイテムを作らせた方が良いだろうか。イアン自身も攻撃的な性格のようだし。
そうと決まれば話は早い。メイヴィスはローブの中から、空のガラス玉を取り出した。投げる事で炸裂する、例の魔法玉を作成させよう。
「魔法が使えるって言ってたから、今回は魔法玉でも作ろうか。初歩的な錬金術だけど、意外と需要があるんだよね」
「魔法玉……」
イアンの視線は、メイヴィスが手に持ったガラス玉へ注がれている。
現在は何も魔法を内包していない、ただのガラス玉。それは透明に証明の光を受けて輝いている。
「はい、じゃあ、これを持って。大丈夫、失敗しても大した事にはならないやつだから」
「はい」
少女の小さな手に、小さなガラス玉を乗せる。メイヴィスの手の平にあった時よりも、ずっとガラス玉が大きく見えた。
大きな釜の底にガラス玉が沈んで無くなってしまわないように、透明なケースを取り出す。それもまたイアンに持たせた。彼女は危なっかしくその道具達をそれぞれの手に持っている。
「このポテトを揚げるような入れ物は何ですか?」
「何だか具体的な例えだね。これの中にそのガラス玉を入れれば、釜の中で行方不明になったりしないから。前、一回だけ間違ってへらでガラスを潰しちゃったんだよね」
あの時は大変だった。怪我をしないように、液体がなみなみと入った釜の底から破片を一つずつ掬う作業。思い出しただけでも腰が痛くなる。
かつての失敗に思いを馳せていると、箱をセットし終えたイアンが次の指示を待っているのが見えた。慌てて思考を現実世界へとシフトさせる。彼女、なかなかに厳しいところがあるので気を付けなければ。