09.烏のローブ、リターン
互いが知り合いになったところで、アロイスが兼ねてから訊ねたそうにしていた疑問を口にする。ずっと聞きたかったのだろう。
「ところで、何故ここに?」
「ですから、館に用事があったので」
「いや、質問が悪かったな。保護者は居ないのか?」
保護者、とイアンが言葉を溢す。眉間に皺を寄せ、今は居ない誰かへの恨み辛みすら感じさせる表情だ。元は誰かと一緒に行動していたのかもしれない。それこそ、アロイスが言うような保護者と。
「その保護者と言うのは……昼頃に街ではぐれて、今も再会していません」
「そうか、では保護者を捜した方が良いのか?」
「館に着けば知り合いもいますし、どうせ先に目的地へ到着していると思われますのでお気になさらず」
――しかし、しっかりした子だな……。
本当に10歳前後の少女なのだろうか。中身は大人だったりして、とくだらない妄想が脳裏を過ぎる。
「えーっと、じゃあイアンちゃんはフィリップさんとは知り合いって事?」
「ああ、館の持ち主の事ですね」
親密な仲とは言えないような関係性に聞こえるが、ともあれ彼の館であるという認識はあるらしい。であれば、一緒に館まで行ってどういう事なのかを館の主に相談した方が早い。彼女をここに放置する訳にもいかないし。
「じゃあ、イアン。私達と一緒に館まで行こう。丁度同じ方向だし」
「貴方方も館に用事があるのですか?」
「まあ、そんなところかな」
そういえば、と胡乱げな表情でイアンがぽつりと呟いた。
「メイヴィス・イルドレシア……。父が何か貴方の話をしていたような気がします」
「え? あれ、お父様と知り合いかな、私」
「それは会ってみれば分かる事だろう。行くぞ、また魔物に出会さないとも限らない」
立ち止まっている事を思い出したのか、アロイスが足を動かしながら言った。尤もな発言だったので、メイヴィスもまた歩くという行為を再開する。
あまりにも道が暗かったので、明かりのアイテムを付け直した。辺りがさっきよりもずっと明るくなる。魔法の効力が切れかかっていたので、先程はあんなに暗かったのかもしれない。
「……あれ?」
ただ、明るくした事で一つだけ気付いた事がある。
イアンが着ているぶかぶかのローブ。このローブそのものには全く見覚えが無いが、生地に関しては酷く見覚えのあるものだった。
「えーっと、イアン。そのローブはどうしたの?」
「これですか? 母から貰いました。魔道士では無いので、着る機会が無いとの事で」
――烏のローブ。
それは以前、スポンサー様に納品した唯一のローブ生地。デザインは自分が着用している物と全く異なるが、それでも生地は同じ物で間違いない。
つまり、スポンサーからその奥さんに流れ、それが娘であるイアンに流れたという経緯だろうか。つまり、彼女の父君は。
そこまで考えて、深入りするのは止めようと首を横に振った。この調子であれば、館に着く事で全ての謎が解けるはず。憶測でものを決めつけるのは止めよう。
***
その後は特に何事も無く、館へようやっと到着する事が出来た。
人っ子一人居ない森にぽつんと佇む大きな館、というのはなかなか趣があって良い。淡く漏れる光から、既にフィリップが起きて活動を開始している事が伺えた。
先頭を歩いていたアロイスが躊躇いなく呼び鈴を鳴らす。
ややあって、出て来たのは侍女のシオンではなく、主のフィリップその人だった。開けた先にアロイスが居た事に驚いたらしく、一瞬言葉を失って目を丸くしている。
「お前達だったか、何故館に……あ」
目聡くイアンを見つけたフィリップが目を細め、やや引いたような顔をした。意味は分からないが、自分達と彼女が一緒に居るのは好ましくないらしい。
一方でイアンその人は視線に頓着する事無く、正確無比に何が起って、何故ここに居るのかを家主に淡々と説明した。筋が通っており、且つ具体的な言葉でだ。説明するのが上手。相当賢い子なのではないだろうか。
一連の説明を聞かされたフィリップは我に返ったように、手招きする。中には入れてくれるようだ。
「――そうか、道中で会ったのか……。それは」
「やあ、お帰り」
何事か言いかけた彼の言葉が、穏やかな声によって遮られた。見れば玄関口にもう一人男が立っている。