5話 アルケミストの長い1日

04.女性間に存在する暗黙のルール


「うわあ、これは良質ですね」

 4個目にアロイスが持って来た魔石は実に上質な、綺麗な七色をしたそれだった。大きさも大きすぎず、されど内包する魔力量はその辺の魔石より飛び抜けている。ずっしりとした重さが伝わって来て、メイヴィスは笑みを浮かべた。

「これならもう1つくらい制限に引っかからなさそうです」
「そうか、では――」

 もう少し探してみるか、と続くはずだったアロイスの声はしかし、絹を裂くような女の悲鳴によってかき消された。
 ぴたりと動きを止めた騎士が、先程までの長閑さとは似ても似つかない表情で悲鳴が上がった方を見る。次ははっきりと、周囲の人間に危険を促す具体的な言葉が聞こえてきた。

「山賊よ!! みんな逃げて!!」

 確かにこんなにも金になる大地、そうそうはない。山賊という生業の連中が好みそうな場所だ。しかも、大して強くないであろう観光客も集まっていてまさに集金所のような体を成している。
 更に、既に大剣に手を掛けたアロイスは声がした方へと走り出した。

「あっ、アロイスさん待ってください!」

 人助けは良いことだが、ここで置いて行かれるとメイヴィス自身が盗賊にカモられてしまう事は必至。慌てて走り、足の速すぎる騎士サマを追う。なんでこんなに汗だくになっているのだろうか、と一瞬だけ考えたが無駄なので止めた。

 程なくして、現場に辿り着く。
 何だかチンピラの典型のような格好をし、下品な笑みを浮かべ、取り残された観光客を脅す山賊の姿だ。最近は神魔物だったり、明らかに人間じゃない人達の相手ばかりをしていたので酷くチープな悪役に見える。何というか、迫力が足りない。
 少し前なら山賊相手でも震え上がっていたはずだが、不思議と恐怖という感情が欠片も湧いて来ないのだ。

「すまない、メヴィ。放っておく事は出来ないから、片付けて来る」
「あ、ここで待ってます」
「ああ。特に手伝いは必要ない、待機していてくれ」

 言うが早いか、アロイスはその足を山賊3人組へと向けた。
 そんな事にも気付かず、哀れな山賊は一塊になっている女性観光客2人を相手に管を巻いていた。

「おう、良いもん着てんじゃねぇか。お前それ、リアシカのコートじゃん? 古着でも1枚云万で売れるんだよなあ。俺のコートと交換しねぇ?」
「えっ、その汗臭そうな上着と? 絶対に嫌なんですけど!!」
「そ、そこまで言う事無いじゃーん、傷つくわ。慰謝料請求させろ、慰謝料」

 ――こ、小物臭が凄い……!!
 何故、山賊家業をしていながら、こうも町中で見かけるチンピラみたいな台詞を吐けるのか。もっとワイルドに攻めろ、ワイルドに。
 何でこんな奴らに魔石採集の邪魔をされなきゃいけないんだ、という見当違いの怒りさえわき上がってくるようだ。

 そこへアロイスが遠慮容赦なく突っ込んで行った。こんな事に元・王属騎士の彼を使用していいのか不明だが、一つ言える事があるとすれば山賊のお三方は随分と運が悪いという事だろう。どうしてこのタイミングで山賊家業に精を出してしまったのか。
 哀れみさえ感じていると、ひらりと出現したアロイスが問答無用で山賊の一人を切り伏せた。一拍おいて上がる悲鳴。

 それすらも意に介さず、アロイスは残り二人も瞬殺した。速すぎて何が起きたのか、全く見えなかった。

「無事か」

 アロイスが観光客2人の安否を確認する――と、上がる黄色い悲鳴。

「あ、ありがとうございますぅ! わ、わたし達、観光でヴァレンディアに来てて〜、えぇっと、急にあの人達に……。本当にありがとうございました!」
「お兄さん、とっても格好良かったですよ! ヴァレンディアの人?」

 ぐいぐいと迫ってくる女性2人に、アロイスは困惑している。止めに入るべきか考えて、明らかに「女の子とのお喋りを邪魔しに来た連れ」という図になってしまう事に気がついた。往々にして、女の些細な機微というのは難しいものなのだ。

「ああいや、俺は別にヴァレンディア出身では――」
「そうなんですか!? あなたも観光? 私達と一緒ですね! あ、そうだ、一緒に魔石採掘場見て回りましょうよ。私達も、山賊騒動であまりちゃんと観れてないんです!」
「悪いな、連れが居る」
「じゃあ、その人もご一緒にどうですか?」
「いや、そういう訳には――」

 分かりやすく絡まれている。しかも、助けを求めるようにアロイスがこちらを見ているのにも気がついてはいる。
 だが、ここで一度冷静になって彼にも考えて貰いたい。メイヴィス・イルドレシアが『男性』ならばまだしも、自分は見た目も性別も完全に女。今ここで、アロイスをお持ち帰りしようとしているお姉様方の間に入ってみろ。謂われの無い暴言を吐かれる未来が見えるかのようだ。
 しかし、だからといってこのままアロイスをはいどうぞと明け渡す訳にもいかない。彼がいないと、何も出来ないからだ。

 仲裁を決意したメイヴィスは、静かにアロイスの元へと歩を進めた。気分はそう、お伽噺の勇者が魔物の四天王と戦うシーンのような臨場感に溢れている。

「アロイスさーん、そろそろ行きませんか?」
「あ、ああ。そういう訳だ、こちらは遊んでいる訳ではないからな、残念だが観光には付き合えない」

 早口でそう言ったアロイスが、もう声を掛けてくるなと言わんばかりに女性達に背を向ける。彼はそれで良かったかもしれないが、対峙しているメイヴィスには彼女たちがはっきりとこちらを見て、呟いた言葉までしっかりとその耳で拾った。

「何よ、子供じゃない。お守りさせられてかわいそー」

 ――だから嫌だって言ったのに!!
 ぶつけようのないモヤモヤした感情を、メイヴィスは溜息と共に吐き出した。仕方が無い事とはいえ、何故見ず知らずの人間に暴言を吐かれなきゃいけないのか。山賊より余程質が悪い。