08.檻を開ける方法論議
「考え中のところ、悪いのだけれど……。貴方達を見込んで、お願いがあるわ」
エジェリーの声で我に返る。ソプラノトーンで落ち着いた声音はどこか疲れ切っていたが、その一言には僅かな光明のようなものが見え隠れしていた。アロイスが彼女の言葉に頷く。
「予想は付くが、聞こう」
「私は……もう海へ還ろうと思っているわ。ここから、出してくれない? 勿論、それなりのお礼はする」
「別に礼は要らないが、そうだな、外へ出る手伝いはしよう」
騎士は二つ返事でそう言った。実際、彼女の現状を見るに放っておくのも後味が悪い。メイヴィスもまた、頷いた。
「そうですよね、こんな事赦されませんし」
言いながら、固く閉ざされた檻をじっくりと観察する。この鉄格子、海水にやや浸かっているにも関わらず全く錆びている様子が無い。錬金術で錬成された、新種の金属の可能性がある。
鍵も同じく。見た事の無い型だ。
人魚が不老不死の妙薬になるのであれば、それをうっかりで逃がしてしまわないよう尽力するのは自明の理。事、エジェリーの部屋に巧妙な細工を施すのは当然のことである。
「メヴィ、開けられそうか?」
「いえ、ピッキングでは多分、無理ですね……」
「これはお前の持っている薬品で溶かせないのか?」
「やろうと思えば開発する事は出来ます。ただ、どのくらい時間が掛かるのかは分からないし……。エジェリーさんも海水に浸っているので、流れ出した薬品で彼女の足? まで溶かしちゃったらマズイです」
気にしなくて良いわ、と他でもないエジェリーがあっけらかんと答えた。
「私の足は溶けても何れ再生するわ。それより、ここから出る事の方が大事……」
「いっ、いや、そういうグロテスクなのは出来るだけ無い方向で行きましょう……!!」
そんな恐ろしい光景は見たくない。
顔を青くしたメイヴィスは勢いよく首を横に振った。話を半ば強引に変えようと、アロイスを見やる。
「これって力尽くで壊せないんですか?」
「変わった金属だな。物理的な力は効果が薄いだろう。かといって、この狭い場所で魔法を撃てば生き埋めになりかねない。エジェリー、お前は何か魔法の類は使えないのか?」
「生き埋めになる、と今言っていなかったかしら? 残念ね、私は水場以外では役に立たないの」
「そうか。強い結界を張り、その上で魔法による爆破であれば檻程度、壊せると思ったが。そう上手くは行かないな」
この檻を破壊出来る魔法を誰かが使用したとして。メイヴィスの持ち合わせる魔石での結界は爆破の衝撃に堪えられないだろう。更に水が流れ込んで来る事が予想されるので、自分とアロイスは窒息死の可能性も考えられる。
派手な動きは御法度だな。やはり恐ろしい光景を想像してしまい、首を横に振った。
「だが、鍵を持っているのは間違い無くここを訪れる人物だ。村の人口はそう多くは無い。鍵を盗み出すのが建設的だな」
「アロイスさん、鍵を盗み出すって言ったって……」
まるでアテがあるかのような口振りに、失礼だとは思いつつも疑わしげな声を出してしまった。心中で大いに反省していると、アロイスはふ、といつも通り余裕のある笑みを浮かべる。
「村という小さな共同体の中で、統制を担っているのは村長だ。そして、村長に黙ってこんな場所で人魚を飼う事など出来はしない。つまり、かなり高い確率で鍵は村長が持っているという事になるな」
「な、なるほど……! 流石はアロイスさん。えっ、じゃあ、村長宅へ行って鍵を盗ってくれば良いんですか?」
「そうだな。合法的な手段とは言えないが、直談判して聞き入れてくれるはずもない。俺も、素人の人間相手に剣を振るうのは遠慮したいからな」
それは即ち、向かってくればその剣を抜くという意味でもある。
その事実に怯えていると、話は決着したと言わんばかりに騎士サマは人魚の方へ向き直った。
「そういう訳だ。7時間から10時間後には戻る。少し待っていてくれ」
「ごめんなさいね、よろしくお願いするわ……」
やはり疲れ切った顔で微笑んだエジェリーは静かに目を瞑った。他にやる事など無いのだろうし、眠るのかもしれない。
「行こうか、メヴィ」
「あ、はい。了解です」
踵を返し、足早に進み始めたアロイスの背を追う。もう一度だけエジェリーの居る檻を見てみたが、やはり彼女は力無く目を閉じていた。