03.人魚の伝説がある村
しかし、まずは当初の目的である錬金素材を探すべく、メイヴィス達は素材屋に入った。多種多様、そして外から来た客と言うより住んでいる住人向けの商品。主に、シルベリア外部からの素材を置いているコーナーが幅を占めている。
とはいえ、当然シルベリアグッズが置いていない訳もなく、店のひんやりとした一角に足を向けた。
雪の結晶を手の平くらいのサイズに巨大化させたような素材、棚に置かれているにも関わらず冷気を放ち続ける氷、飴のように甘い匂いを漂わせている氷――
「美しいものだな。シルベリアの特産品か?」
「はい。やっぱり雪が降り続ける場所って、かなり珍しいじゃないですか。採れる素材も珍しいものばかりです」
「そういうものか」
「勿論、シルベリアだけじゃなくて色んな地方にも珍しい素材ってたくさんあるんですけどね」
「はは、次は世界一周でもしてみるか? メヴィ」
「お金が無い人間はそれすらも選べないですからね……」
本格的にお買い物を開始すべく、篭に次から次へと素材を放り込む。全てスポンサー様からの研究資金だ。彼は金遣いが荒いタイプの富豪なので、足りなければ言え、というシンプル過ぎる指示まで頂いている。なお、月々の資金以上の金を強請った事は無い。恐ろし過ぎて。
「こういった類の素材は、どんなアイテムになる?」
「そうですねえ……。氷魔法の効果をアップさせたり、冷感アイテムを作ったり、色々です。でも、氷の素材ってそう言えばあまり使い道が無いかもしれないです。あまり思い付かないっていうか。綺麗なのに残念です」
「というか、素材にしてしまえば原形はほぼ残らないだろうに」
「このまま武器加工、っていう手もありますよ。というか、最早芸術の域ですけど。シノさんとかそういうのが得意だったはず。装飾武器は、エルトンさんよりシノさんに頼った方が良いってみんな言ってますし」
それでも素材の原形は留めていないか。あくまで、武器に付随する能力をデザインしただけで、素材そのものは消費されて無くなっている訳だし。しかし、元の素材をモデルにするシノの技術には舌を巻くばかりだ。
性格の割に、仕事は繊細。手先が器用。それが彼女である。
買い物を終え、店から出る。買った物は全てローブにしまったので手ぶらだ。ぐるりと周囲を見回したアロイスがぽつりと呟いた。
「さて、どこへ行ったものかな。事前知識も無く、行き当たりばったりで来てしまったが……」
「アロイスさん、どこか行きたい所があったんですか?」
「いや、それが無いんだ。観光するにしても、徒歩で行ける場所に何かあるだろうか……」
――本当に行き当たりばったりなんだなあ……。
驚きの計画力の無さだが、本人は至って楽しそうだ。一人旅とか向いているのではないだろうか。この、計画性の無さが楽しめるのであれば。
が、ここで観光案内所なる場所を発見した。流石は千年の歴史を持つ大国。外からのお客対策もバッチリである。
早速、店先に並べられているパンフレットをアロイスが手に取る。難しい顔でそれを見ていた彼は、一点を指さすと満足そうに頷いた。
「――氷の湖がある、人魚村はどうだろうか?」
「へぇ、凍っているんですか、その湖」
「これに載っている情報によると、湖の半分だけ氷が張るそうだ」
「行きます! それで、場所はどこなんですか?」
「ここから北へ5キロだ」
「結構距離ありますね」
が、アロイスは行く気満々らしい。すでに地図を頼りに街から出ようとしている。勿論、止める気も無いのでメイヴィスはその後に続いた。それとなく会話が続く。
「人魚村って、何だか神秘的な感じですね」
「本来はイシスイ村、といった名前だったらしい。が、人魚伝説が爆発的に広まった事により人魚村と呼ばれるようになったそうだ」
「湖なのに人魚? 海とかにいそうなイメージありますけどね」
「この湖には海水が入り込んでいるそうだぞ」
「というか、人魚って。お伽話の中の存在でしかないですよね」
溢れた呟きに対し、アロイスは低く笑った。
「さあ? 存外、本当に居るのかもしれないぞ。メヴィ。世の中なんて何が起こってもおかしくはないさ。現に、フィリップ殿は吸血鬼だっただろう?」
「えっ、あの人が言っている事を真に受けているんですか? 日光が浴びられない、ご病気かもしれないじゃないですか!」
「ふふ、まあそれも、おいおいな。しかし、俺が騎士やっていたという経験上、人間と獣人、そして魚人以外の種が、確かに存在していると考えられる」
その言葉を聞いて、一つ思いうかんだ事象がある。
そういえば、どうして『人間・獣人・魚人』は基本三種と呼ばれているのだろうか。そういうものだと思っていたが、これでは『基本』以外の種族が居ると示唆しているかのようだ。
そんな事を言ったら、うちのギルドのマスターも人間か怪しいし、スポンサー殿も人間味が薄い。案外、そういった種族不明者は巷に溢れ返っているのかもしれないな、とメイヴィスはボンヤリそう思った。