02.ナターリアとの約束
彼女には聞きたい事があった。というか、別にナターリアでなくてもいい。ギルドにいる女性なら誰でも。
「ちょっと聞きたい事があるんだけど」
「どうしたのかな?」
「えぇっと、ちょっと……強くなる方法について……」
先日の一件以降、ずっと考えていた事だ。しかし、ナターリアやウィルドレディアみたいに強靱な戦闘能力は必要ない。必要なのは、サポート出来、且つ雑魚処理くらいなら出来る程度の標準的な力だ。
そもそもが誰かと争うのに適さない性格なので、戦闘行為に積極的に持ち込めないのが自分の弱さの秘訣であるのは明白だが、持って生まれたものなので矯正のしようもない。
ともあれ、ナターリアは完全に被っている猫の剥がれた顔で、あからさまに疑問の表情を浮かべた。「何を言い出すんだ突然」、とありありと描かれている。
「何かあったの? 別にアロイスさん居るんだから、無理に向かない事する必要ないよ。碌な事にならないし。ぶっちゃけ、メヴィは戦闘向きじゃないしね」
「いや分かってるんだけどさ。私とアロイスさん、2人しかいないんだよ? 私がいなかったらアロイスさんソロじゃん……」
「ああ、怪我してたね。そういえば」
「そういえば、じゃないんだって! あと、猫被れてないよ。ナタ」
きゅるん、というマジカルな効果音が聞こえた気がした。
瞬きの刹那にはいつもの『可愛らしい』ナターリアへと変貌する。
「まあ、言わんとする事は理解したよっ!」
「あ、ああ。そう……。それで、ナタは何をしてたらそんなに躊躇い無く人をぶん殴れるようになったの?」
「えー? そんなの、分かんないよ! 私は獣人だから、生まれた時から身体能力はヒューマンより高い訳だし! 種族補正と、あとは……好戦的な性格じゃないかなっ!」
「そうだけどさ。格闘技とか囓ってるんじゃないの?」
「う〜ん、それらしい事はしてないけどなっ! 取り敢えず、裏で手合わせでもしてみる?」
――それはそれで恐ろしい気がする。
とはいえ、折角の機会だ。アロイスがどうなったのか確認したら、お願いしてみよう。
「アロイスさんを待たせてるから、様子見て来てからお願いしていい? それとも、クエストに行っちゃう?」
「ううん、暇だよっ! アロイスさんを早く追い掛けた方が良いんじゃないかなっ! あの人、すぐにどっか行っちゃうし!」
「そうだね。ちょっと行って来る」
「私はロビーにいるからねっ!」
手を振ってナターリアと別れ、地下の鍛冶場へ行ったアロイスの様子を見に向かう。慣れた足取りで地下へ赴くと、久しぶりに鍛冶場の熱気が伝わってきた。昔は地下に工房だなんて気が狂っているとしか思えなかったが、魔法の力とは偉大だ。
部屋の前まで来ると、中から男2人の声が聞こえてきた。間違い無くアロイスと鍛冶場の大将であるエルトンだ。
「……では、補強はして貰えないと?」
「ああ。うちは鍛冶屋であって、鉄くずを生成する場所じゃない」
――あれ、何か揉めてる?
不穏な空気だ。アロイスは通常と変わらない声音だが、エルトンの声は明らかに不機嫌さを孕んでいる。
どうしたのだろうか。エルトンは変わった武器を好ましく思うタイプの鍛冶師なので、完全オーダーメイドのアロイス大剣について依頼を拒否するはずがないのだが。
「お邪魔しまーす、どうなりましたか?」
これ以上、揉め事に発展する前にと何も知らないふりをして鍛冶場に足を踏み入れる。案の定、酷く不機嫌そうなエルトンと目が合ってしまい、暑いはずなのに冷たい汗が流れた。
そして、最初の問い。メイヴィスの第一声に答えを寄越したのは、珍しく黙って静かにしているエルトンの弟子、シノだった。
「見ての通りさ。やっぱりアロイスの大剣は、うちで補強する気は無いらしいよ」
「ええー……」
「師匠は錬金術製の武器が嫌いだからさ。仕方ないね」
そういえば、すっかり忘れていたがアロイスの武器は錬金術によるオーダーメイドだ。
武器の内部構造もよく分からない、大剣など使った事も手に持った事も無い術師が造りだした武器。形だけを真似た、ただの刃物。
端的に言って、誇りのある鍛冶師であるエルトンは職人気質の気がある。アロイスの武器を補修してくれる事は無さそうだ。