2話 魔道士の国

11.ヴァレンディアのルール


 問いを受けたアロイスは爽やかな笑みを浮かべながらも、目がちっとも笑っていない実に恐ろしい表情を浮かべた。突如満ち溢れた険悪な空気に、思わず数歩後退る。しかし、小娘一人の恐怖などものともせず二人の会話は強制的に進行した。

「実に歪な国だと思われますね。まず、魔道職の人間しかいない。当然、魔法を使うのが苦手な獣人の姿は無く、俺のような物々しい格好をした前衛の姿も無い。そして何より、魔道士への過剰なサービス。そのしわ寄せはどこへ行くのでしょうね」
「外から来たお前達にも明確な綻びが見えるようだな。まあ、この国も長続きはしまい。それで? それを知ったお前はどうする? 錬金術師を置いて帰るか?」

 ――それは困る。困るが、国の雰囲気を見て彼が帰りたいと言うのならば、止める手立ても無い。
 思わぬ場所へ飛び火した話題の成り行きをハラハラと見守る。というか、見守る事しか出来ないのだ。

「まさか。俺が面倒を見ると最初に言ったのです。置いて帰るはずがない。それに、この狭い土地で魔道士が何人束になって掛かって来ようと、ものの数にはならないでしょう。何と言われようと、逃げ帰るつもりはない」
「よろしい。心意気だけは買おう」
「俺からも訊きたい事があります」
「聞こうか」
「貴方は何故、長続きしないであろうこの国に投資しているのですか」

 そんな事か、とフィリップは肩を竦めた。実につまらない、と言外にそう語っているのが分かる。

「いや実は甥っ子がいてな。訳あって両親を亡くしてしまい、帰る場所がこの館しか無いのだよ。だと言うのにこの地から追い出されても厄介なのでね。住んでいる者を皆殺しにする事は簡単だが、それもつまらん。投資はするから、私でも住みやすい場所にして貰いたいものだな」

 そんな事、と言えるレベルの範疇を優に超えている気がする。血生臭い裏事情が一瞬だけ垣間見えたが、そこには突っ込まないでおこう。
 とにかく、とフィリップがまとめるような前置きを残す。

「ここ、ヴァレンディアは余所の国で爪弾きものにされた魔道士達が集まる国だ。アロイスとか言ったか。お前も、命が惜しければ魔道士の傍を離れない事だ。野放しにされている騎士など、彼等にとっては凶暴な野良犬と変わらん」
「相容れないのでしょうね。俺の役目は護衛なので、単独行動する事はほぼ無いでしょうが。ふふっ、どちらが保護者か分からなくなってきたな。メヴィ」
「ひえっ!? そ、そんな事はない、と思いますけど……」

 絶妙に笑えない冗談を口走るのは心臓に悪いから止めて欲しい。とても重苦しい空気になってしまったので、強引に話題を変える。こんな暗い話をしているから盛り上がらないんだ。

「そっ、それでアロイスさん。これからどうしますか? 明日の朝、出て行きますか?」
「アトノコンは夜行性だぞ」
「えっ」

 ――その重要な情報は先に言っておいてよ!
 とんでもないロングな後出しジャンケンだった。一番必要そうな情報を今言うか、今。

「そうか。ならメヴィ、1時間程休んで出て行こうか。シルベリアの国境まで、徒歩で1時間弱。その頃には夜行性の魔物が活動する深夜帯に入っているはずだ」
「あっはい。了解です」

 案外ハードな日程だな、とは口が裂けても言えなかった。杖は作るのに時間が掛かる。素材を早めに収拾しておいて悪い事は無い。
 そうだ、と踵を返しかけていたフィリップが事も無げに告げる。

「お前達の部屋を、シオンが一応用意しているようだ。後で場所はどこか聞いてみるといい」
「あの、フィリップさん? ご自分の館なんですよね? 良いんですか、勝手にしちゃって」
「構わん。私とシオン、あとは一つキープしてある部屋以外なら何でもな」

 この人もこの人で結構――否、かなり適当な所がある。シオンが居なかったら、今頃どうなっていた事か。