07.真っ暗雪原のど真ん中で
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日が完全に落ちた。冬という事もあって、午後6時にも関わらず周囲は完全な闇に閉ざされている。酷くもの悲しい気分にさせる光景に、若干気が滅入ってきた。
「――と、言うわけで。ここに光源用アイテムがあるのですが、使って良いですか?」
「ああ。頼む」
有り難き幸せッ、と心中で礼を良い、ローブから光の玉を取り出す。何の事は無い、周囲を照らす明かりなのだが探索時に両手が塞がらないように持ち主の少し前を漂うという魔法を付け加えておいた。真っ暗闇での物探しなんかにお一つどうぞ。
「わあっ、眩しいね! あたし、夜行性だから目が痛いよっ!」
「ご、ごめん。ナタ……」
光量の調整だろうか。ナターリアの黒目が縦に細く伸びた。
真っ暗闇とは言ったが、背後には村の家々から微かな明かりが漏れている。完全に暗闇ではないのに、大袈裟過ぎたかもしれない。
「それにしても、寒いね。歯がガチガチ言ってるよ」
「メヴィもスクワットする? それなりに温まるぞっ!」
「え、暗いのを良い事に筋トレしてたの? 流石だわ」
光を向けてみると、ナターリアは照れたように微笑んだ。仕草だけ見れば可愛いが、かなり本格的なスクワットを始めていたようで、可愛いけど可愛くない。何だろう、この感情は。
「ハッ……、これは、呆れ……ッ!?」
「何でも良いが、作戦の概要を話して良いか?」
あら、と魔女がクスクス嗤う。
「作戦も何も、これだと配置だけで後は力押しって感じじゃない?」
「まあ、そうとも言う。いや、そうとしか言わないか。作戦など大層な事を言ったが、ようはここで待ち伏せして、雪猿が現れた所を叩く。それだけだからな。魔法は使用していい。ここから村までそこそこの距離がある。村へ向かって大規模魔法を撃たない限りは問題にならないだろう」
「と言うか、私達は何故、この暗い中雪原のど真ん中で寒さに震えているのかしらね……」
「ドレディさん、ドレディさん。それ言っちゃ駄目なやつですよ。気付いちゃいけないやつです、多分」
寒いのは否定しないが、寒さを指摘された事により一層寒く感じる。この現象に誰か名前を付けてはくれないだろうか。
「待っているのも飽きてきたよねっ! 大きな音とか立てれば、猿も襲い掛かって来るんじゃないかな?」
「大きな物音? メヴィ、何か道具は――」
「まあまあ、アロイスさん。ここはあたしに任せてっ!」
言うが早いか、ナターリアが両手をメガホンの形にした。次の瞬間、とんでもない肺活量からとんでもない声量が吐き出される。それは長く長く伸び、聞いているこちらの鼓膜を粉砕するような勢いで轟いた。まさに遠吠え。しかし、猫科は遠吠えするのだろうか? 猫しか直に見た事が無いから分からないが、こんな犬みたいな声を上げる生き物だったっけ?
混乱した頭で混乱した事を考えていると、アロイスが感心したように首を振った。彼は彼で、何故彼女の遠吠えに関してまじめくさった顔で頷いているのだろうか。
「そういう方法か。素晴らしい声量だ」
「きゃっ! ありがとうございますっ! でも女の子的には言われて嬉しい言葉じゃないので、二度目は無いと思って下さい」
「……? 女の子?」
――喧嘩の気配を察知。
メイヴィスは瞬時に話題へ割り込んだ。ナターリアはすぐにキレる、全身地雷マンみたいな所があるが、事年齢の話題に関しては沸点がいつも以上に低い。殴り合いの喧嘩に発展する前に止めるのが吉というものだ。
「あー! アロイスさん、あれとか件の雪猿じゃないですか?」
「……成る程、確かに。討伐を開始しよう」
「えっ」
適当こいただけなのに、本当にいた。
心の準備もままならないまま、ポケットに入っている結界用魔石が作動している事を確認。続いて、雪猿に有効とされる炎系の魔法をストックしている事も確認した。もし、戦闘員組の周囲を抜けて来た雪猿がいたら、これで応戦しよう。
そこまでしたところで、ようやく雪猿達の全容が見えてくる。白い雪を巻き上げ、結構な速度でこちらへ向かってきていた。何だろう、地元のいきり系チンピラのような猛々しさだ。何かちょっと杜撰な感じの。