05.雪と寒さと防寒具
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ルーアスプ山脈と言えば、国内屈指の大雪が降るスポットだ。冬に入ればとにかく雪、雪、雪。住人曰く、もう白い物は一時見たく無い程に降るらしい。
「寒いねっ、メヴィ! 結界なんて簡単に突き抜けちゃう寒さに、あたしも身震いが止まらないなっ!」
声を掛けたところ、二つ返事で同行を承諾してくれたナターリア。そんな彼女はとても雪山へ向かうような格好ではなかった。ギルドでよく見る可愛らしいスカートと、薄いニット。何故もっと厚着をして来なかったのだろうか。
「ナターリア、もっとたくさん服着た方が良いよ。風邪引くし」
「いやあたし、着太りするんだよね」
「ガチトーン止めろ」
そもそも女性にしては筋肉という装甲を着込み過ぎている彼女が、更に上から防寒具を着込めば服達磨になってしまう事だろう。とはいえ、寒さを我慢する理由にはならないと思うのだが。
あらあら、とこれまたクソ寒そうな格好をしたウィルドレディアが薄く笑みを浮かべる。隣の家に住んでるお孫さんに会った時のおばあちゃんの反応のようなそれ。
「ナターリア、貴方寒さに弱い生き物がモデルになっているのだから着込んでおかなきゃ駄目でしょう? 獅子は乾燥地帯の生き物よ?」
「いやいや、それそっくりそのままドレディさんにも言える事ですから」
「私は着込んでいるわよ。結界という名の防寒着をね。ミルフィーユ構造になっているの」
麗しいノースリーブに男性用の魔道ローブを引っ掛けただけの彼女はそう言って淡く微笑んだ。いや、見てるこっちが寒いとは言い出せない空気である。
そんな女子トークにしては少しがさつ過ぎる会話。先頭を歩いていたアロイスが不意に口を開いた。まさか天下の騎士サマがアホ丸出しの会話に加わるとは思えないので、目的の村が見えて来たとかそんなのだろう――
「寒いな。何故俺はこんな鎧なぞ着て来たのだろうか」
――違った! 乗って来たよ、この加わりにくい会話に!!
トキメキとは違う意味で心臓が高鳴る。これまたコメントしにくい言葉を吐き出したが、何と言うべきか。流石に鎧は脱いで来いよなんて口が裂けても言えない。
だが、果敢にもウィルドレディアはたっぷりの余裕を以てアロイスに返事をした。
「あら、貴方も寒いと感じる事があるのね。どうかしら、その通気性が良さそうな鎧は脱いでしまってコートを着ると言うのは」
「いやいい。動いていれば、そのうち温かくなるだろう」
「あらあら。代謝も良いのかしら?」
「何、効率が悪くて人の数倍は身体を動かさなければならないということさ」
ふっ、とこちらを振り返って小さく笑みを浮かべるアロイスだが、その繊細さとは裏腹に口走った言葉は脳筋思考である。
「それより、何だか足が疲れてきたなあ」
「メヴィ、あたしが負ぶってあげよっか? 足場悪いし、君に合わせてたら目的地まで辿り着かないよっ!」
「あれっ!? みんな私に合わせてたの!?」
パーティとの視線が交錯する。
てっきりアロイスの歩幅に合わせているものと思っていたが違ったらしい。無言でこっち見るな。
酷く気まずい気持ちになっていると、ひょいとナターリアに持ち上げられた。連れ去られる猫の気分。
「寒いしぃ、メヴィ負ぶってスクワットしながら向かえば、少しは温かくなるかもっ! 寒い時は身体を動かすのが一番だよねっ!」
「私を負ぶってスクワット!? 修行僧みたいな苦行は積まなくていいから、ホント!」
メイヴィスの止めろコールは受け入れられなかった。更に、一番足が遅かった自分がナターリアの荷物になったせいか、ぐんぐんと進む進む。今まで如何に歩幅を合わせてくれていたのか分かってしまうくらいにスピードアップした。
彼女等には感謝しているし、実際は楽が出来て良かったと思っている。ただ、これだけは言わせて欲しい。
「私の事より、日が暮れる前に村へ着ける計算で歩いて欲しかったかな……」
まさかとは思うが、このまま自力で歩き続ける道を選択していたらこの雪原のど真ん中で野宿になっていたのだろうか。考えるだに恐ろしい。