03.ギルドの魔女
「では、アロイスにも同じように伝えておいてくれ! 私は職務に戻るとしよう!」
それだけ言い残すとタイガーマスクは高笑いしながらギルドの奥へと去って行った。最後まで元気な人だ。
当のアロイスはというと、何故か掲示板を眺めているのを発見。手持ち無沙汰なのだろうか、良いクエストがあれば出掛けて行ってしまいそうだ。早めに今の情報を共有しておく必要がある。
「あ、アロイス、さん!」
「ん、メヴィか。どうした?」
アロイスに先程の話を伝えた。そうか、と少し難しそうに眉間に皺を寄せたその人は深く頷く。
「何から何まで手配して貰っているようだな。申し訳ない気持ちになってくる」
「そ、そうですよね……。まあ、正直、助かりますけど」
「ところでメヴィ、クエストへ行かないか?」
「え、今?」
突拍子の無い言葉に素っ頓狂な声が漏れた。しかし、それには触れず真面目な顔でアロイスは頷く。
「1週間も無為に過ごすのはな。身体も鈍ってしまう事だし、ついでに報酬も手に入って良いだろう」
「は、はあ……」
戦士思考が過ぎるのでは。そう思ったが、きっと元騎士だし身体を動かしていないと落ち着かないのだろうと自分の中で勝手に決着した。分かる分かる、室内にずっといるとムズムズする感覚。
「ざっと見てみたが、これなんかどうだろう。趣があって良いと思うのだが」
「えっ? あ、ああ。良いと思いますけど」
――あれ!? これ私も行く感じなのかな!?
誘われればそりゃ一も二も無く着いていくが、これは一緒に行くことを前提に話をされている?
悶々と考え込んでいたせいで、肝心のクエスト内容を欠片も確認しなかった。しかし、アロイスは満足そうに頷いている。
「そうだろうな。雪猿の素材は滅多に手に入らない、とオーガスト殿が言っていた。お前なら興味を示すと思っていたぞ」
「雪猿!? そ、それって私も一緒に行って大丈夫なやつですかね?」
「問題無い」
問題はある。雪猿と言えば雪山三大害獣の一種だ。駆除するのにギルドを利用する事も少なくない。ただし、住処が限られており、年中寒い場所でなければ発生しないので素材は確かに滅多と手には入らないが。
それを分かった上で同行を許可しているのだろうか。いや、何も考えていない、という可能性も捨てきれない。仲間内の誰かを誘っておこう。身の安全の為にも。
ナターリアやヒルデガルト、シノの顔がチラつく。この中なら最有力候補は声の掛けやすさも相俟ってナターリア一択だろう――
「あら、いいものを持っているじゃない。メヴィ」
掛けられた声は上記3人の誰でもなかった。ただし、よく知る女声ではあったが。あまりにも珍しい人物の声を聞き、弾かれたように背後を見た。
白銀、軽くウェイブの掛かった長髪にレッドブラッドの双眸。男性用の野暮ったい黒ローブの下に隠れる四肢は違えようもなく抜群のプロポーションを誇っている。
そんな美しくも妖艶なギルドの魔女を見、メイヴィスは口を開いた。
「ドレディさん!」
彼女はウィルドレディア。メイヴィスに術式を提供し、更にはギルドのメンバーであるにも関わらず出現率が低すぎる為に幻として語り継がれる存在。周囲は彼女の事を魔女と呼ぶ事もあるし、偉大な魔道士とそう形容する事もある。
「お困りのようね。雪猿の討伐だったら、私のような魔法職が必要じゃないかしら? 丁度、手隙状態なの。参加させて貰うわ」
「随分と良いタイミングだな。メヴィ、知り合いか?」
そう、彼女の真骨頂は見計らったかのようなタイミングの良さにある。ギルドにほぼいないくせに、必要に駆られた状況の時には何故か当然のようにその場に現れる。そんな彼女を指して預言者だと主張する者も後を絶たない。
「はい、知り合いというか、お世話になっているというか……」
「そういう言い方をする必要は無いわ。私のこれは、未来への投資よ。うふふ」
「何にせよ、魔道職は助かるな」
ウィルドレディアは参加する気満々らしい。彼女は非常に優秀な魔道士なので、来てくれるのなら有り難いが何故いきなりギルドへ来たのだろうか。今の所、彼女への用事はない。
「ドレディさん、今日はどうしてギルドに?」
「あら、私がギルドにいるのはおかしい? まあ、理由はあるわ。旅の門出を祝いにきたのよ、貴方のね」
「えっ、どこからそんな事を……」
「さあ、どこからかしら」
――やっぱり食えない人だ。
メイヴィスは肺に溜まった緊張感を吐き出した。