06.殖え過ぎたトカゲの処理
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「ちょっと! どうしてくれるのよ、メヴィとはぐれちゃったじゃない!!」
「な、何なんだ急に……」
前をのろのろと走るヘルフリートの背に、ナターリアはそう声を掛けた。目を白黒させている元騎士サマは困惑したようにこちらを振り向いている。
結果的に言えば、動きの遅いスケルトン・ロードそのものは撒けた。
ただしあれは魔法を操る魔物。つまり端的に言ってしまえば酷く頭の良い魔物だという事になる。あの魔物が自分達を追って来ていた間に、どうにかメイヴィス達が湿地帯の外へ出られているのならば、一応こちらの勝ちという事になるか。
なおもどこへ向かうのかも定かではないのに走り続けるヘルフリートへと、苦言を呈す意味で再び声を掛ける。
「もうっ! 大して速くもないし、いっそ止まったらどうかな、ヘルフリートさんっ!」
「君の猫被りには驚かされるな……。そうか、これがギルドの名物。俺にはまだまだ学ぶべき事があるようだ」
「はァ?」
走っていた速度を徐々に落とした人間に、ナターリアはぴたりと隣に並んだ。
「ねぇ、今はどこに向かっているのかな?」
「さあ。取り敢えず魔物を撒く為に走ったが、ここはどこだろうか」
「え! あなた、ビックリする程使えないねっ!」
「それはそのまま、君にも返すよ……」
耳を澄ませてみる。木々の擦れる音、大量の生き物の息遣い、まだ踏み込んでいない奥地に入ってしまったのだろうか。新鮮な匂いが鼻孔を擽る。
以上、諸々の情報を統合した結果、ここはまだ一度も来ていない場所だと悟った。
――という事はつまり。
「ここ、あたし達も手を加えていないし、きっと今に毒トカゲがうじゃうじゃ出てくるよっ!」
「うわ、マジか。引き返した方が良いだろうか。それとも、別の道を行くべきか――」
「手遅れかなあ」
人の気配に気付いたのか、わらわらと出て来る出て来る。爆殖したと噂の毒トカゲ達が。錬金術師、メイヴィス・イルドレシアは嬉しそうだったがこんな危険な毒を振りまく存在、大抵の者にとってみれば害悪そのものだ。
潰れた死にかけの虫でも見るような目をしたナターリアは、再び背に負っていたハンマーを取り出す。
「――あ」
「どうしたのかなっ?」
「ナターリア、俺達は今――解毒アイテムを一つも持っていない」
「あっ」
ヘルフリートの顔が目に見えて引き攣った。とはいえ、恐らくナターリア自身も同じような顔をしている事だろう。
手元にあるのは、先程から散々お世話になりいつ効果が途切れるか分からない、上質な布で作られたお守り1つ。或いはメイヴィスならば追加のアイテムを持っているのかもしれないが、その彼女はこの場にはいない。
慌てて毒トカゲの間を縫い、逃走する経路を探したが当然ながら足の踏み場も無い程に大量の、猛毒を持った爬虫類が押し寄せていた。
逃げ場は無い。応戦するしか無いだろう。
ただし、出来うる限りこのトカゲに触れないように。
「わおっ! 死ぬ程無理ゲーだねっ!」
「言っている場合か! 一点集中で魔物を蹴散らして逃げるぞ」
「まあ、そうなるか……。逃げた先でメヴィに会えれば解毒は出来る訳だしね。アイテムの効果が保つ事を祈ってるよ」
実に心躍らない撤退戦を前に溜息を吐いたナターリアはハンマーを振りかぶった。今日は得物を持参していて良かった。こんなのを素手で相手にしていたら、手首から先が無くなってしまう所だ。
ヘルフリートのスタートダッシュより若干速かったナターリアは振りかぶったハンマーをそのまま地面に叩き付けた。何匹かの毒トカゲが下敷きになり、そして巻き込み事故を起こして吹き飛んで行く。
しかし、一瞬だけ割れた爬虫類の波も再び臨戦態勢を取っている間に集まって来て、地面も見えなくなった。
そこに今度はヘルフリートが斬り込む。ただし、彼の剣劇は対人特化型。多対一ではなく、一対一に長けている。これでは焼け石に水だろう。
「ねえ、ちょっと、これ、終わるの!? 殖えすぎじゃないかなっ!」
「確かに……。何か、根本的に俺達は間違っているのかもしれない。こんなの、ギルドのメンバーを総動員しないと討伐作業なんて終わらないんじゃないのか?」
「異常だよ、異常っ! 生態系、壊れてるよこんなのっ!」
最早体勢など関係無い。飛び交う毒液をお守りが弾いているが、それもいつまで保つか微妙なところだ。
ハンマーを真横に振り抜いたナターリアは、額に浮かんだ汗の弾を拭った。疲れて流す汗ではなく、絶体絶命に対する冷や汗を。ただ、あの非力な友人がいる時にこの場へ足を踏み込まなかった事だけは僥倖と言えるのかもしれない。