02.獣の本性
そういえば、とヘルフリートが何事かを思い出したように呟いた。
「メヴィ、大口の錬金術依頼が入ったらしいじゃないか、おめでとう! たんまり前金を貰ったらしいな?」
「何だかヘルフリートさんから金の話が出ると生々しいですね」
「何故!? ……いや、まあ、それはいいが。金はたくさんあるだろうに、何でまた討伐クエストなんて受けたんだ? もうここまで来て訊くような事じゃないが」
それは、誘って来たナターリアにも同じ事を言われた。彼女は自らクエストに誘っておいて、物事の根幹を惜しみなく訊ねてくるので厄介である。
そんな友人に対して述べたのと同じ事情をヘルフリートにも同じように説明した。
「毒トカゲってどこにでもいるように見えて、実は生息域が限られているんですよね。湿地帯とかにしかいないし。下級魔物だけれど、持っている毒は一級品なんですよ。ほら、毒って転じて薬にもなるじゃないですか」
「ああ、素材の採集か!」
「そうなんですけど、毒トカゲの毒って錬金すると高価な薬に……あっ、いえ、何でも無いです」
「聞こえてるんだよなあ。いや、メヴィの商人気質、俺は嫌いじゃないぞ! 先立つ物は必要だし、仕方無いさ」
錬金術という職業を生業にしている以上、金は幾らあっても足りない。削減出来るところは削減しているが、それでも普通に生活している人々より金は入り用だ。こういう、ローコストで高級品を生産できる素材は本当に有り難い。
しかし、一方で保護者然とした態度を崩さないエサイアスは顔をしかめた。
「採集カ……。怪我をしないように集めロ」
「あ、はい。頑張ります」
「メヴィ、あたしはあなたの金に糸目を付けない性格、好きだよっ!」
「尤もらしく言ってるけど、何となく生臭い発言だよね。それ」
可愛らしい口調には似付かわしくないリアルな話題だったと言えるだろう。
しかし、なかなか湿地帯の内部へ入って行こうとしない自分達は余程目立っていたのか、まだ鋪装された道の上に立っていたにも関わらず、人ではない来客がお目見えした。
「出たゾ、ボンヤリするな」
エサイアスの鋭い双眸がそれを捉える。
大きさは大型犬くらいか。毒々しい赤と黒の模様が如何にも毒を持っていると言わんばかりに主張している。シュー、と威嚇のような声を上げるその大きなトカゲは赤い舌をチロチロと覗かせながらこちらを睨み付けていた。
体表から薄く透明な液体が滲み出ている。それらは滑らかな鱗を滑り落ち、地面に落ちては黒い染みを作っていた。例の毒だが、人体に付着した場合、皮膚の一点を溶かし崩して体内に侵入。高熱や下痢、嘔吐を引き起こし大変苦しい思いをさせられる危険な物質だ。
とはいえ、解毒剤を持っているし、もし皮膚の一部が壊死しても便利な魔法がある。大抵の場合は大事に至らないので、毒を浴びたと思えばすぐに道具を使って解毒すれば何ら問題はない。
更に、毒トカゲ達は非常に乾燥に弱く、湿地帯を出ると毒を生成出来なくなりただの大きなトカゲと化すので、あまり人的被害は起きていない模様。
きゃっ、とナターリアが実に可愛らしい悲鳴を上げた。恐がっていると言うより、ポーズのような挙動だ。
「あぶなーいっ! 早い所退治しないと! そぉれっ!」
可愛らしい声を上げはしたが、彼女が取り出したのは鉄製のハンマー。最早、柄の先に鉄の塊を括り付けているような野蛮且つ攻撃力が異様に高そうな武器である。
それを軽々と片腕で振りかぶった彼女は、スタンプでも押すかのような気安さで、目の前のトカゲにそれを振り下ろした。その一連の動作たるや、流水のように自然で、それでいて芸術的で破壊的だ。
周囲の皆が彼女の迅速な対応に対し、呆気にとられている中で毒トカゲを瞬殺したナターリアは一瞬だけ残忍な、獣然とした笑みを浮かべる。狩りに成功した肉食獣のような笑みが、実はメイヴィスは大好きだ。紛うことない彼女の本性は、しなやかな獣のように美しく見える。
「あっ! ごめんねメヴィ、これじゃあ、採集作業は出来なさそう!」
「そうだね。完全にスプラッタだもんね。まあ、私は良いものが見れたから、良いけど」
「良いもの?」
「うん、まあね。やっぱりいいよね、友情って」
「うん?」
それは良いが、とエサイアスが湿地帯を指さす。人の物とは違う、鋭い爪が鈍く輝きを放っていた。
「そろそろ進むゾ」
「はいはーい! 行こう、メヴィ! あたしから離れちゃ駄目だよ?」
「了解」