4話 アルケミストと女子会

06.成功例


「よーし、じゃあそろそろ作業に取りかかるぞ。いつまで喋ってんだよ、今ある仕事に集中しな!」

 話が途切れたのを見計らって、シノがそう言い放った。鍛冶職人の卵である彼女は、特に現状を悲観している訳でも無く、目の前の仕事が気に掛かるらしい。
 そもそも、ここへは例の大きな仕事を少しでも進める為に来たのだ。彼女が言う事は至極正しい。

「女性用の魔道ローブだと言ったわね? はいこれ、このサイズで作ってみて」
「あ、ありがとうございます」

 いつの間にかグレアムが例の1ロール布から手頃な布を裁断してくれていた。女性用とは言ったが、かなり布の面積が大きい。どういう風にローブが作られるのかは不明だが、最低でもこのくらいのサイズは必要という訳か。

「これで成功したら、あたし達に飯奢れよ、メヴィ!」
「漏れ出てますよね、下心が! まあ、たまには良いかもしれませんけど」

 幸い、依頼人から大量の前金を貰っている。手伝ってくれた例に夕飯を奢る事くらい訳はないだろう。

 軽い気持ちでメイヴィスは布と例の転写した術式を投げ入れた。まずは試作だ、これで成功すれば言う事は無し。失敗したのなら、今日大量に購入した魔石と布を組み合わせ、魔力に耐久のある布を作る、という新しい試みに挑戦してみよう。

 今回の指示液は青。それを惜しみなく投入し、かき混ぜて、掬い上げる。

「ふわっ!?」

 出来上がった布を見て絶句した。あの小さな紙に描かれている術式は手の平ほどしかなかったはずなのに、布に転写されたそれは意味不明に肥大化。布の面積では足らず、術式がはみ出している。転写に失敗した時の様な惨状だ。
 黒い布に走る金色の術式は美麗だが、これは黒いローブとは言えないので裏地として扱う方が良いだろうか――

 現実逃避しながらも、望んだ効果があるのかを調べる。へらで布を突いてみた。

「あ、これ失敗してますね。幾何学模様の入った布、って感じです」
「メヴィ、アタシと服屋やらない? 布に星座の模様を入れて頂戴よ。夜空ファッションみたいな」
「いいや、メヴィ、お前はあたしと組んで最強の武器を造ろうぜ!」

 やんややんやと外野が騒ぎ立てる。それら全てを却下したメヴィは次の手段に移った。再びグレアムが用意してくれた布と、今度は魔石を釜の中に入れる。
 ややあって取り出した布を見たメヴィは絶句した。

「ええ……。色気持ち悪っ!」

 魔石は石であるからこそ、七色の光を持っていても違和感が無かった。しかし、その光がそのまま布に転用されるとただただ邪悪な柄である。しかも、染め物でもしたかのように裏表全てその色に染まっていた。
 これではローブとしては使い物にならないだろう。が、布そのものが出来ているのなら、これから更に黒く染めればいいのではないだろうか?

「メヴィ、それどうするんだよ」
「えー、取り敢えず術式を組み込んでみます。成功したら、もう一度黒く染め直せばいいかなって……」
「アタシの前でそういう話をした、それそのものについては誉めてあげるわ!」

 本日2回目、布に術式を投入する。
 結果的に言えば、それは成功しはした。

 出来上がった布は相変わらず気味の悪い色をしていたが、へらを差し込めばどこか、際限なく吸い込まれて行く感触はある。しかも、別のアイテムを投入すればしっかり補完されている事まで確認した。

「――こ、これは……ローブとしては使い物にならないですね。そうっと着ないと、崩れてしまいます!」
「そうねぇ。というか、まだそれは布でしかないわ。ローブを作っている最中に、布そのものが崩れてしまうんじゃないかしら?」
「確かに……!」

 ならさ、とシノが手を打つ。

「何度も同じ素材を錬金するから悪いんだろ。なら、最初から魔力を帯びた布を使うしかないんじゃない? ケット・シーとかほら、アイツ等デフォでマント着てんじゃん」
「ケット・シーは見つけるのが大変じゃないですか!」

 やはり、魔道に精通した魔物から素材を剥ぎ取る他無さそうだ。アロイスにお願いしてみようか。しかし、それで怪我をさせても悪いし悩み所である。