2話 花の咲く家

09.アロイスの土産


 間髪を入れず、家の中から先程ヘルフリートが閉めたドアを勢いよく開け、アロイスとヒルデガルトが転がり込んでくる。家の中からは芳香の代わりに焦げの臭いが漂っていた。諸々の異様な光景を、しかし無視したヘルフリートはアロイスに用件を切り出す。

「アロイス殿、メヴィが炎の魔法を使えるマジック・アイテムを所持しているそうですがどうしますか!?」
「そこから少しだけ隙間を空けて放り込め。何、中に生者はいないさ」
「家が吹き飛ぶ可能性があるそうですが」
「上出来だな」

 メヴィ、と鋭くアロイスに呼ばれ気の抜けた返事とは裏腹に背筋が伸びる。

「この村はすでにプロパガティオによって全滅していると思って良いだろう。多少の被害には目を瞑ってくれるはずだ。頼む」
「へっ、あ、了解……!」

 そこからそこまでの距離だったが、アロイスが同行してくれた。ヒルデガルトもそうだが、やはり本職は人を護る仕事なだけあって誘導が絶妙に上手い。
 ともあれ、メイヴィスは現在唯一の突破口であるマジック・アイテムを携え、じりじりとドアに躙り寄る。あれが果たして人間用のドアを開け果せるのは謎だが、用心に越した事は無い――尤も、用心した所で危険を回避出来るかと言われれば悩ましいところなのだが。

「遅いぞ、どうした。何をしようとしている?」
「えっ、いや、これを家の中に投げ入れようと」
「そういう使い方か。俺がやろう。投げるだけでいいんだな?」

 手の平に乗せているだけだったそれをアロイスが攫って行った。目にも留まらぬ速さでドアにまで肉薄し、ドアを僅かに開いて、正確無比に球体を投げる。
 流れるように一連の動作を行ったアロイスはドアを勢いよく閉めると、バッグステップで戻って来た。一瞬後に凄まじい爆発音が響く。

「盛大なキャンプファイヤーだなあ」
「ヘルフリート殿、それは流石に不謹慎では……」
「隣の家に燃え移る前に、鎮火作業に入った方が良いだろうか」
「そうですね。大火事になってはいけませんし」

 ***

 1時間後。太陽が傾き始めているのを尻目に、謎の手際で鎮火させられた火事現場を見ていたメイヴィスはぐったりと溜息を吐き出した。
 鎮火作業中、全くの役立たずだったメイヴィスは近隣の家の様子を見に行ったのだが、2割は家の中がもぬけの殻。残りはカール依頼人のようなミイラ状態で室内に横たわっていた。

 魔法が使える魔道士なんかはプロパガティオに対し何らかの対処が取れるが、普通の村人があんな化け物を退治するのなど不可能。しかも、見た目は本当にただの植物だ。訳も分からないままに全滅したに違い無い。

「メヴィ」

 ボンヤリ突っ立っているとアロイスに声を掛けられた。目を見開き、息を呑む。
 自分は彼の挙動に全く慣れないが、アロイスの方は自分の挙動不審さに慣れてきたようだ。僅かに肩を揺らし、たっぷりの余裕で受け流す。

「これを拾っておいた。錬金術に使えるのではないか、と思ってな」
「わっ!?」

 押し付けられたのは小さな瓶が1つ、何かの大きな花弁を数枚。そして――

「ぷ、プロパガティオの寄生花じゃないですか、これ!?」
「ああ、そうだ」

 家の中から拝借して来たのだろうか。弁当箱と思わしき物の中から覗く、鮮やかな黄色の花。それは寄生先を探すようにもぞもぞと動いている。
 という事は、この花弁はプロパガティオのものか。

「え、ええー……。えっ、じゃあ、この、瓶は何ですか?」
「きちんと採集出来たかは分からないが、プロパガティオの芳香だ。蓋を開けるなよ、匂いが逃げてしまうぞ」
「あ、あっ、ありがとう、ございます」

 ――正気の沙汰とは思えないが、錬金術師としてはこのお土産は助かるの一言しか漏れない。こんな上級素材、どこを探したってなかなか手に入らない事だろう。流石にあの状況で神魔物の部品を拾って帰ろうなどとは発想すら浮かばなかったが、強者の思考回路とは難解なものである。
 これは何に使おう。使い道はあるだろうが、成功が約束された設計図を作ってからでなくては、勿体なくて使おうとは思えない。

「――あ、そういえば、プロパガティオがいた家の方はどうなりましたか?」
「母体は焼けてしまったようだが、あれも神魔物。どうにかして生き長らえているのは確かだな」
「まあ確かに、あんな魔法如きで死んじゃうのだったら、神魔物だなんて呼ばれませんよね」

 アロイス殿、メイヴィス殿、とヒルデガルトが大声で呼んでいる。

「クエスト、終了です。ギルドへ戻ってマスターに報告しましょう!」