03.緊急クエスト
***
「――と、言うわけです」
聞きもしない回想を勝手に語ったヒルデガルトは至極当然のように大きく頷いている。
端的に言うと、非常にお断りし辛い状況だ。いくらアロイスがいるとはいえ、知らない人ばかりだから真っ当な理由で無ければ適当な事を言ってお断りするという方法もあった。しかし、友好を深めたい、という思惑がある以上、特に用事がある訳でも無いのに頭から断る事は出来ない。
錬金術師は客商売。
目の前にいる彼等はいつ何時顧客になり、そして助け合う仲間になるのか分からない。友好は広く深く、取れるものは取っておく、それが商売の鉄則だ。
「えーと、ヒルデガルトさんは、どうして女友達が欲しいんですか?普通に作れそうですけどね、頼りになりそうだし」
「……いえ、そう簡単では無いのです」
心なしかワントーン声の音量を下げたヒルデガルトは少し照れくさそうに斜め下を見ながら、予想だにしない答えを寄越した。
「その、ナターリアによると、私は『女性にモテやすい女性』らしいのです。こう、皆と友好的な関係性を築いているはずなのですが、カッコイイだのと言われてまともにガールズトークにも混ぜて貰えないというか……」
――ガールズトークするの!?
凛々しい騎士、といった体の彼女から出て来た可愛らしい単語に目を剥く。が、それと同時に彼女が言わんとする事も理解した。彼女は良くも悪くも中性的な立ち位置なのだ。
女の気持ちを理解する男、そう形容すると分かり易いだろうか。頭ではヒルデガルトは女性である、と理性的に判断出来るが彼女の行動や態度如何によっては、それが男性的なのかもしれない。
「あー、言いたい事は概ね理解しました」
「良かった、私も口では説明出来ないのではないかと危惧していました。それに、私は元騎士。前の職場は性質上、どうしても男性ばかりだったし自立した女性ばかりでお友達など多くはいなかったのです」
「ああ、サバサバしてそうですもんね。女性騎士って。何だかよく分かりませんけど、クエストには一緒に行きますよ」
「ああ、有り難うございます!私の事は、ヒルデとお呼び下さい」
胃が痛みそうな半数が知らない人間という状況だ。今回のクエストは軽度のものを選び、何とはなしに早く切り上げられるようにしよう。それがお互いの為というものだ。
「えーっと、今日のクエストはどうしますか?」
「メイヴィス殿、実は私、すでにマスター殿から急ぎのクエストを預かっているので、それに行きましょう」
「急ぎ!?ちょ、それは――」
嬉々とした顔でヒルデガルトが懐から1枚の依頼書を取り出す。成る程確かに、急ぎを示す赤い印が押されていた。
――のだが、お察しの通り自分のような非戦闘員は基本的に急ぎのクエストが回って来ない仕様になっている。言うまでも無いが、急ぎクエストは緊急クエストと同義。大概の場合において危険性を多分に含むものだ。
恐らくギルドマスター、オーガストは今集まっている騎士3人という強豪面子だけを見てこのクエストを託したに違い無い。メイヴィスにとってみれば文字通り死ぬ程難しいクエストであるはずだ。
――封を切る前に止めないと!
メイヴィスは咄嗟に声を上げた。
「それは!まだ開けないで下さい!」
「ど、どうされましたか?」
「緊急クエストは、私みたいな錬金術師には厳しい難易度です。交換しましょう、今すぐに!」
待て、とメイヴィスの提案を退ける声。その主は傍観を決め込んでいたアロイスだ。
「緊急クエストだと言ったな。急ぎなのだと。ならば尚更、俺達が行くべきだろう。なに、メヴィ。お前の面倒は俺達が見るさ、心配は無用だ」
「ええっ!?し、知りませんよ?」
「お前の怪我は我々の責だが、我々の怪我は我々の責任。お前が気負う事は無い」
――いや、貴方達が怪我するんじゃなくて、恐らくは私が怪我する事になるんですけど!
そうは思ったが、あまりにも自信に満ち満ちたアロイスの言葉に二の句が紡げなくなる。本当に安全を保証してくれそうなその自信はどこから湧いてくるのか。
凪いだ海のように穏やかな双眸に射貫かれ、もぞもぞと身体の方向を変えたメイヴィスはゆっくりと首を縦に振った。大人の余裕と言うか、強者の余裕と言うか、あの穏やかな物腰を見ていると自分が酷く子供のようで物怖じしてしまう。
「話は決まったみたいですね。ヒルデ殿、封を開けて中身を確かめてみよう。メヴィの言う通りなら、今日は大捕物だ。気を引き締めて掛からなければ」
「ええ、そうですね。では、中身を改めてみましょうか」
ヘルフリートの言に従い、ヒルデガルトが依頼書の封を開ける。緊急の印を斬り裂き、中身を取り出した。
というか、何か特にお友達になりたい約束をした訳でも無いヘルフリートの馴れ馴れしさに驚愕すら覚える。これは天然タラシの匂いがプンプンするぞ。
依頼内容を上から下まで素早く見、更には要点だけをまとめるようにヒルデガルトが説明する。女友達が欲しいとか言い出した時は何をアホな、と思っていたが生来仕事はちゃんと出来る人物のようだ。
「依頼人はカール・リデルス。家に変な植物が生えてきているらしく、それの除去を願うクエストのようです。何でも、抜いても抜いても生えてきて、更には数も増えているとか。後家族が体調不良を訴えているようで、もう庭とかどうでも良いから魔法で焼き払う処理をして欲しいようですね」
「庭を焼き払う?大胆な事だな。大した庭でないといいが」
アロイスの言葉がダイレクトに耳に入ってくる。不意に疑問が脳裏を掠めた。
「え、あの、皆さん庭を焼き払えるような魔法は使えるのですか?」
「ああ、問題無いぞ!大規模魔法を使え、というクエストなら誰か他に誘う必要があるが、この程度なら俺達で十分だ」
「あ、じゃあマジックアイテムは要りませんね?」
うーん、とヘルフリートは腕を組んで考える素振りを見せる。
「いや、保険として持って来てくれると助かる。ちなみに、どんな効果のあるマジックアイテムなんだ?魔法の補助?」
「ええと、それでもいいですけど、直接炎の魔法を使えるアイテムもありますし、鎮火するアイテムもあります」
「そ、そっか。俺の前職場の錬金術師より使える物持ってるな……。全部持っていく、事は流石に出来ないか?」
「ローブに収納しているので、使う時になったら声を掛けてくれませんか?どのタイミングで手助けすればいいのか、ちょっと分からなくて」
「ああ、任せろ」
今日は楽出来そうだ、とヘルフリートが爽やかな笑みを浮かべる。ぽんぽんと言葉が出て来るので随分と話しやすい人物だ。
ふふ、とやり取りを聞いていたらしいアロイスが笑みを浮かべる。
「ヘルフリートは話しやすいと評判だ、お前の人見知りも克服出来るといいな。ところで、先程挙げたアイテム以外も所持していると思っていいのか?」
「えっ、あ、はい」
「そうか、頼もしいな。何かあれば声を掛けるとしよう。期待している」
――期待している!?
身構える暇も無く、全く唐突にのし掛かってきたプレッシャー。メイヴィスは静かに痛む胃を押さえた。