07.アルケミストのギルド生活
「それで何を集めればいい?」
「えっ……と、欠けてない貝、とか、です」
「貝?」
「魔物の鱗とかも、何かに使えたりします」
ものによっては代償魔法の媒介に使えるが、ただの貝では別の何かを生み出す為の素材にした方が効率良いかもしれない。
ともあれ、数があればそれだけ試し打ち出来る。術系なぞ所詮は打った回数こそ全てだ。どれだけ試せるか、意欲があるか――資金力があるか。
「海か、久しぶりに来たな。鎧を着込んでいると水場はどうも相性が悪くてね」
「はぁ……」
「お前は魔道に通じる者だし、重い装備は身に付けないから分からないだろうが」
何か――何だか、そう、アロイスのテンションが少しばかり高い気がする。とはいえ、ストーカー一歩手前、遠くから見ているだけだった自分が勝手に冷静沈着なイメージを持ってしまったのかもしれないが。
――いやしかし、まさかとは思うが、海に来てはしゃいでいる?
「この貝は綺麗だな。何かに使えるんじゃないのか」
「あ、はい、あり……有り難うござい、ます」
海水に浸っていた中身の無い貝を渡される。何と言えばいいのだろうか。二枚貝ではなく、つるんとした手触りの貝。裏返すと真ん中に1本亀裂が入っており、手足を引っ込めた亀みたいな形と言えばそれが近いか。色は焦げ茶。
「何かこれ……見た事の無い貝です、ね」
「それは魔物の甲羅だと思うぞ。似たような魔物を昔に一度、討伐した事がある」
「あっ、そ、うなんですか。じゃあ、プロテクト系の魔法とか、組み込めそうですね」
「と言うと?」
ほとんど初対面の相手にかましたマシンガントーク。基本的に二度目以降は待ったを掛けられるか、或いは錬金術の話題を振られない事が多い。が、アロイスは意外な事に積極的にその話題に触れてきた。
あまり考えたくはないが、熱中した自分に絡んで来る人間というのは十中八九、変わった人物だった気がする。これは憶測ではなく経験則の話だ。
一瞬だけ冷静になった思考はしかし、アロイスと目が合った事で消し飛ぶ。何か答えなければ、と性懲りもなくメイヴィスは言葉を紡いだ。
「あの、ナマモノの素材っていうのは……アレなんですよ。元々目的があるっていうか、例えば人間の足なら歩く為にあるっていうのが第一目的ですよね?それと同じで、甲羅って事は、その部分を護ってるって事になります」
「そうだな。甲羅は身を護る為にあるものだと仮定して良いだろう」
「そういうアイテムには同じ『護る』目的を持った結界魔法を起動させるのに適しているんです」
「成る程。原理は分かった。しかし、それでは魔物の生態系を知らなければ上手くいかないのではないか?」
――そう。そういう問題はある。
以前話題に上った鍛冶士だとかの問題もそうだ。結局、錬金術師は魔道士にカテゴリされている。つまり、自身は振るわない剣だのハンマーだの、物理的な武器に対する知識はほとんど無いと言っていい。
だから、錬金術師には武器を造らせない方が良いのだ。出番は武器が出来上がった後、再加工の時である。
魔物の生態云々も然り。当然ながらメイヴィスには錬金術以外の知識はほとんど無いと断言出来る。
だが――メイヴィスは微かに笑みを浮かべた。
「アロイスさん、ここ、ギルドですよ」
「うん?」
「まだ入って日が浅いから知らないのかもしれませんけど、うちのギルドには色んな人がいるんです。鍛冶士志望から元騎士、植物学者もいれば、当然やさぐれ魔物研究者もいます。適材適所、私は錬金術の技術を提供し、彼等は私に情報を提供する。それがギルドなんですよ!」
僅かに目を見開いたアロイスはしかし、ふ、と柔らかく微笑んだ。
「そうだったな、失念していた。お前のように戦闘のせの字も知らない錬金術師がどうやってギルドで遣り繰りしているのか、と疑問に思っていたが……。なかなかどうして強かに生きている。見くびって済まなかったな」
言いながらアロイスは屈んで新たな素材を手に取った。今度こそ二枚貝、綺麗な桃色の大きな貝だ。
「その学者とやらに、この貝が食べられるものかどうかも訊いておいてくれ」
「えっ……な、ナマだ……!?」
桃色の貝をひょいと手渡された。ずっしりと重い。まだ中身が入っているのがひしひしと伝わって来る。
持って帰る間に腐るんじゃ、そう脳裏に疑問が掠めた時だった。けたたましい音が海水浴場に響き渡る。具体的に言うと、フライパンをおたまで思いきり叩いたような音か。カンカンカンカン、甲高い音は遠くから聞こえているはずだが、いやに力強い。耳を通り越して脳を揺さ振るような音量だ。
「何の音だ?」
「あ、魔物が出た時の、あの、お知らせっていうか……」
「仕事か?」
「はい」
アロイスが先程まで入っていたパラソルの方を見やる。釣られてそちらを見ると、夏の海には似付かわしくない、ゴツイ大剣が置いたままになっていた。危険物を放置するなと思ったが、刃物の扱いは騎士の方が上も上。何か考えがあって置いておいたのだろう。