03.「公平を期しての」くじ引き
一応のフォローを終えた運営達はギルドマスターに経過を報告すべく、まるで潮が引くような勢いで片付けを終え去って行った。後には自分とアロイス、そしてかなり離れた所で様子を伺っているナターリアだけが残される。
大きく呼吸したメイヴィスは、チラリとアロイスの様子を伺った。いつもは遠目から見ているだけのアイドル的存在は最後、運営ズに渡された資料に目を通しているようだ。
床とアロイスの顔、視線を行き来させながら何と声を掛けるべきか逡巡する。
というか、このままマトモに会話出来なかったらどうしよう。現状、顔を見るだけで心拍数は上がり、声を掛けられるだけで頭が爆発するくらいには緊張するのだが。
ふふっ、と含んだような笑い声が聞こえて来た。恐る恐るアロイスの様子を伺う。僅かに口角を上げた彼が、先程よりゆっくりと言葉を紡いだ。
「慣れてきたか?」
「え、あ」
「そう焦らなくていい。今日1日俺は暇だからな。しかし、その夏のイベントとやらはもうすぐなのだろう?今日はそれだけ説明出来るくらいには慣れてくれ」
「あ、はい」
――ちなみに。別に人見知りする方ではない。フリーの錬金術師なぞ客商売なのだから当然のスキルなのだが、この慌てっぷりを鑑みると酷く恥ずかしい気分になってきた。
自己嫌悪に陥りだしたところで、少し落ち着いたと思われたのかアロイスが再び口を開く。しかし、視線は例の資料に落とされたままだ。
「本名、メイヴィス・イルドレシアとなっているが……。メヴィは愛称か?」
「え、あー、はい。……ん?」
そういえば自己紹介しなかったな、と一瞬だけ考えて、今の会話が酷く不自然な事にも気付いた。
それは資料を見た上で出た質問なのだろうか。
ぺら、とアロイスがホッチキスで留められた資料の1枚目を捲る。その左端に見慣れた自分の顔写真を発見した所で合点がいった。
――それ!私の!履歴書じゃん!!
何と言う事だろう。うちのギルドにはプライバシーという言葉が存在しないのだろうか。人の履歴書を勝手に見せるな。しかも証明写真は――証明写真に限らず、写真写りが悪くて死にかけの魚のような覇気のなさ。勘弁してくれ。
履歴書を取り戻さなければ。一昨年のデータを人目に触れさせるなど冗談ではない。何より、こんな綺麗な人に平民であり凡々人である自分のプロフィールなど見せられたものではないだろう。
「あ、のー。それ私の履歴書……返して貰っていいですか?」
「ん?ああ、さっきの彼女達に渡されたが、確かに人の個人的な書類を覗くのは趣味が悪かったな」
思ったよりあっさりと履歴書が戻って来た。
よし、喋り方を忘れたかのような言語能力から回復してきたし、そろそろ夏のボランティアイベントについて彼に説明しなければならない。
「あの!そろそろ説明します」
「ああ、頼む」
夏のボランティアイベントとは。
コゼット・ギルドを含む王都の三大ギルドが交代で行う、アルト・ビーチでのボランティア作業の事だ。うちのギルドでは丁度明後日からがボランティアの期間で、これは何があっても毎年やらなければならない行事のようなものである。
不慣れなメンバーは2人一組くらいで、アロイスは完全に新人なので誰か着いていなければならない。
「――と言うわけです」
「主な仕事は何をするんだ?」
「えっと、浜辺に現れる魔物の討伐とか、です」
「そうか。人が集まる場所には魔物が寄って来やすいからな。何か用意する物はあるか?」
「無いですけど……。暇な時は遊んでていいそうですよ。というか、大体いつも暇ですね。濡れても大丈夫な格好が良いと思います」
「分かった。当日はどこで落ち合う?」
ギルドに一度集合してもいいが、それではアルト・ビーチまで精神が保たなそうなので、現地集合にした。
「現地で。海の家にいます」
「了解した。何かあればまた訊きに来る。俺は今から昼を摂りに行くが、お前はどうする?」
「あっ、わ、私はお昼食べました!」
そうか、と頷いたアロイスは手を振ると食堂の方へ歩いて行った。腹が減っていただろうに、自分に何十分も付き合う姿勢を見せる優しさ。
ぼんやりと後ろ姿を見送っていると、肩を叩かれた。ナターリアだ。
「良かったね、メヴィ!これでラブラブ浜辺デートができるよっ!」
「話ブッ飛び過ぎッ!いや、緊張した。当日これ大丈夫かな、私」
「大丈夫だってっ!」
それにほとんど出来レースのようなくじ引きだったが、それに周囲は納得するのだろうか。それをナターリアに聞いてみると、彼女はうっすらと笑みを浮かべた。
「アロイスさんって近付き難いでしょ?実際はそんな人じゃないだろうけど。だから、今日までのメヴィみたいに遠巻きで良いって言う子が多いみたいっ!不満があるのなら、くじ引きに参加しなかったその子達が悪いんだよ!」
「い、苛めとかに発展しそうな言い分……!あのくじ引き、出来レースだったけど私以外にも普通の参加者がいたら、普通にくじ引きだったのかな?」
「そうだよ。だって公平を期してるのに、メヴィにだけ有利だったらズルいでしょっ!」
実際には他の人はいなかった訳だが。
楽しんでおいでよ、とナターリアに背を叩かれる。獣人の凶悪な腕力で口から内臓が飛び出しそうになった。