01.「公平を期しての」くじ引き
コゼット・ギルド。アウリッシュ王国、王都内部にある三大ギルドの一つで毎日多くの人が出入りする大規模ギルドである。ギルドに登録している者から依頼人まで、とにかく人で溢れ返っていることが伺えるだろう。
そんな人が行き来する様子を見ていたメイヴィス・イルドレシアは備え付けのテーブルに腰掛けていた。
無銘の錬金術師であるメイヴィスは平民の出だ。どこかに所属する錬金術師というのは基本的に富豪の家出身だったり、貴族だったり、上流国民だったりと金が有り余っている者ばかりである。
持っていないものはどうしようもない。
という事で、ギルドにてクエストをこなしつつ生活費と研究費、あわよくば錬金術師としての知名度を上げていこうと言うのがメイヴィスの人生の方針だ。
ゆっくりと瞬きをしてギルド内を見回す。
一度逸らしていたその人へのピントを、もう一度合わせ直した。
「ああ、アロイスさん、今日もカッコイイなあ……」
視線の先、かなり離れた場所に立っているのは黒い鎧に身を包んだ少しばかり大柄な男である。緩く結われた黒い癖のある髪に、穏やかな物腰。
そんな彼の名前はアロイス・ローデンヴァルト。
現在は似たような格好をしたギルドのメンバーと会話しているようだった。彼は2ヶ月程前に新しく加わったギルドの仲間で、メイヴィスは一目見た時から彼に憧れのような感情を抱いていた。理由は分からない。ただ俗に言う――
「ホント、一目惚れだよねっ!メヴィ!」
という事らしい。
アロイスから視線を外さないまま、メヴィは向かい側に座っている彼女の言葉に応じる。
「そんなんじゃないって。何だろう、アイドル的なアレだから」
「そうかなぁ?でもっ、メヴィが錬金術以外に興味を示すのは珍しいから、あたし応援するねっ!」
「何を……」
向かいの席に座っている彼女の名前はナターリア・シトニコヴァ。お洒落な獣人の女性である。今日もフリルがふんだんにあしらわれた可愛らしいワンピースに身を包み、淡いブロンドの長髪をツインテールにしている。獣の耳を押さえる為の可愛らしいカチューシャも人目をかなり引く事だろう。
どこか不自然に高い声にはもう慣れたが、チラと彼女を一瞥すると捕食者のように爛々と輝く双眸と目が合った。本性が漏れ出ているが、それは親友という間柄の裏返しのようなもので、最近では恐ろしいと感じなくなってしまった。
だけどね、と少しばかり真剣に潜められたナターリアの声で我に返る。ぼんやりと眺めていたアロイスから視線を外し、目の前の彼女に視線を移した。
「アロイスさん、本当に女性人気高めだから、狙ってるならちゃんと行動を起こした方が良いんじゃないかなっ!後で後悔しないように、ね……?」
「ええ……。いや、普通に考えて無理だよ。あんな綺麗な人の隣に私が並んでる所なんて全く想像出来ないし。共通の趣味とか無さそう」
「共通の趣味なんて、作っちゃえばいいんだよっ!」
「え、それで何度破綻したっけ、ナターリア」
「あ?」
「あ、いや。何でも無い」
一瞬だけ気まずい沈黙が流れたものの、再び笑みを浮かべたナターリアが話題を上手い事変え――
「ところで、今年の夏のボランティア。誰がアロイスさんの面倒を見るのかなっ」
話題変わってなかった。あくまでアロイスの話をするつもりらしいナターリアから僅かに目を逸らす。
「さあ、どうするんだろうね。オーガストさんが一方的に決めるか、もうアロイスさんの面倒は男性メンバー限定で絞るかのどっちかじゃないかなあ」
オーガストさん、とはギルドのマスターだ。パワフルで何故かいつもタイガーマスクを被っているちょっと変わった人である。
「どうかなっ!マスターがそんな面倒な事、いちいちするとは思わないし、そういう機微には疎いと思うけど」
「気にしなさそうだもんね、あの人」
ニヤニヤと笑みを浮かべているナターリアはアロイスの世話係を決める法則について知っているのかもしれない。
チラッと、アロイスに視線を移す。先程まで同じような鎧を着た男と話していた彼はしかし、今は女性メンバーに捕まっているようだった。彼女等と一言二言話をしたアロイスが別室へ移動して行く。クエストにでも行くのかもしれない。
しかし、そこで現実へ引き戻される。
アロイスに声を掛けたメンバーが、いそいそと箱を準備し始めたからだ。それは正方形の手が突っ込めるように丸い穴が空けられた――くじ引きでも始めるような箱だった。
何のくじであるのか。その答えはすぐ、彼女達によって告げられる。
メガホンを持った1人がギルドに響き渡る声でこう宣った。
「はーい、今から新人さんの世話係を決める抽選をしまーす!引きたい人は来てね!ちゃんと公平を期したくじ引きだから大丈夫だよ!」
ようやくナターリアがニヤけていた理由を悟る。情報通である彼女は恐らく、世話係の決め方を知っていたのだ。
メイヴィスは先手を打たれる前に口を開いた。
「ねぇ、私は行かな――」
が、当然事前にこうなる事を知っていたナターリアと自分では機動が違った。すでに席から立ち上がったナターリアはくじ引き付近にいるメンバーへと手を振っている。
「メヴィが引くって!この子の分もくじを作ってあげてねっ!」
――これは終わった。
恥ずかしい気持ちで俯くが、周囲からのどよめきや冷やかしは無い。