クーラーは神様

 それは幸野巴宅でゲームをしていた時に起きた。
 というのも、家主の巴、彼女の友人の六花、更に寮生二人を従えて巴の家へ訪問したのが全ての始まりと言えよう。
 本来ならば人の家などそうそう行く事は無いのだが、夏の暑さに負けた結果、一軒家に住み、昼は両親共に仕事で居ない巴の家に白羽の矢が立った。
 ――のだが。

「クーラー点いてるのに暑いって・・・」
「いやでも、巴の家じゃなかったらもっと暑い思いしてただろうし、仕方ないよ」
「今日は珍しく寛大ですねぇ、りっちゃん・・・」

 ぐったりと伸びきっている巴。自分の家なのでやりたい放題だ。ゲームのコントローラーを握る手が汗で滑る。ちらり、と後ろに鎮座する寮生二人を見やった。
 有真の方はぐったりと元気が無さそうだが、裟楠は涼しい顔でコントローラーのボタンを軽やかに連打している。

「裟楠・・・お前、暑くないのか?俺は溶けそうだ」
「ならばその辺で溶けていろ。というか、冷房点いているだろうが」
「無理して涼しそうな顔しなくていいですよぅ。私だって暑いんですから」
「そうか?俺は丁度良いが・・・」

 意見が割れた所で、視線が六花に集まる。
 無言で「お前はどっちなんだよ」と訊かれている気がして、眼を逸らした。そして、咄嗟に出た言葉は実に単純明快で墓穴を掘ったような一言だった。

「暑いって言うから暑いんじゃない?じゃあはい、今から『暑い』って言ったら負けね。負けた奴は全員分のアイス奢りだから」
「はい!?ちょ、りっちゃん?横暴ですよぉ!そんなの!」
「そうだぞ!それ、俺や巴にかなり不利なんじゃ――」

 ぎゃんぎゃんと吠える巴と有真を無視してゲームを再開させる。正直、暑くないと言えば嘘になるが彼女達のように暑い暑いとぐったりするレベルの暑さではない。
 ――が、アイスという言葉の魔法は偉大だった。

「ふむ。じゃあ冷房も消すか」
「えぇえぇぇえ!?何それ!あつ・・・いや、何でも無いぞ、うん・・・」
「何だ有真?言いたい事があったんじゃないのか?」

 にやにやと嗤う裟楠。彼の笑顔は実に輝いていた。滅多に見られない笑い顔だというのに悪寒しか感じないのは何故だろう。
 ――有真には悪いが、六花の体内温度は2度ほど下がった。
 しかし、巴がうがぁぁぁ、と悲鳴を上げた。

「そんなの耐えられませんよっ!熱中症でぶっ倒れますよぅ!」
「あっ!貴様・・・ッ!扇風機をつけるんじゃない!!」
「巴、それを俺にも向けてくれ!」
「近づかないで下さい!あつ・・・じゃない!何でもないですっ!!」

 最早全員がコントローラーを投げ出して冷房のリモコン、或いは扇風機の独占を争うカオスな空間が広がる。辛うじてその熾烈な争いにまだ巻き込まれていない六花は呆れてモノも言えず、浅ましいその光景をぼんやりと眺めていた。

「でぇぇぇええぇ!?ちょ、止めなよ!何で殴り合い!?青春ごっこか!」
「もっとやれやれー!ですよッ!!」

 裟楠と有真が立ち上がり、唐突にボクシングを始める。というか、普通に殴り合い。どうやら冷房のリモコン覇権を争っていたようだが、当初の目的をどこぞかに置き去りにして来たらしい。

「いやぁ、熱いねぇ・・・」
「・・・あっ!」

 肩を竦めれば唐突に騒音が止んだ。何だ何だ、と顔を上げればぎょっとしたような巴の顔と恐い顔でこちらを凝視してくる寮生達の視線。

「い、今・・・ッ!六花、暑いって言ったな!?」
「え。いやいや、漢字変換。暑い、じゃなくて『熱い』ね?ってか、今絶対言ったよね、有真。はいアイス!幸い、家の近くにコンビニあったでしょ?」
「嘘だぁぁぁぁ!!」