なるほど、君ではないね。

お題サイト「Kiss To Cry」様よりお借りしました。



 荷物を積んだトラックが1台、マンションの前に停まる。しがない女子高生の部屋から運び出される荷物の量などたかが知れており、それ以上に荷物は無かった。
 まさに引っ越し作業中の今、家具の配置などを考えながらふと振り返った橘六花はその瞬間に爽やかな笑みを浮かべた中性的顔立ちの男と目が合い、ぎょっとして息を呑んだ。

「やぁ、六花ちゃん。酷いじゃないか、そんな驚くなんて」
「どうも・・・えっと、管理人さん?何でここに・・・」
「何故、って珍しい引っ越し作業を見学しに来たんだよ?それにしてもよくトラック一台で足りたね。僕だったら三台は欲しいところだ」

 ――余計なお世話だよ!
 心中で叫びながらも顔に笑みを張り付ける。管理人こと神代戌亥の笑顔は実に爽やかで印象的なのだが、それが周囲の人間には――視えていないかもしれない。ルシフェル曰く、彼も異形らしいので。
 しかし、その心配は杞憂に終わった。
 引っ越し業者が何の躊躇いも無く管理人その人に挨拶したのだ。ということはつまり、ちゃんと視えている。よくよく考えてみれば姿が見えなければマンションの管理人なぞ出来ないのだが、人間焦ると当然の前提まで頭から飛ぶものだ。

「あれ?今日はあの忌々しい彼は居ないんだね」
「彼?あぁ、ルシフェルの事ですか?あれなら、今頃私の実家で空っぽの部屋でも見つめてニヤニヤしてるんじゃないですかね」
「ふぅん、ルシフェルっていうんだ。元・天界の天使長にして今や地獄の管理者――ルシファー、って呼んだ方が違和感が無さそうだ」

 渾身のボケをあっさりスルーされる。が、事前情報としてルシフェルが呟いているのを知っていたので彼がボケクラッシャーであることには差ほど驚かなかった。

「ところで、六花ちゃん。一つ訊いてもいいかな?」
「え?何ですか?」
「さっき僕は君にそっくりの人物と道端ですれ違ったのだけど、君はずっとここに居たかい?すっごく似てて声を掛けようとさえ思って止めたんだが」
「えーっと・・・1時間ぐらいここに居ますよ、もう。実際にはもっと経ってると思いますけど」

 そうかい、と一つ頷いた戌亥は実に良い笑顔を浮かべて言った。

「じゃあ、気をつけないと。それはドッペルゲンガーだ。君、アレと遭ったら死んじゃうよ」
「マジかよォォォ!!」