お題サイト「Mercy Killing」様よりお借りしました。
それはまだ私が中学生だった頃の話。夏の暑い日だった。
受験生だったので部屋に篭もり、勉強をする、そんな夏休みだったのだがそれによって蔑ろにされていたのは他でもない、ルシフェルその人だった。
とは言っても彼の姿は私以外には見えないし触れない。「俺は堕天使だから具現化するぐらい簡単にやれる」、などと宣っていたこともあったが、実際には面倒らしくわざわざ人前に姿を晒す事は一度だって無かった。
必然的にずーっと延々と私に話し掛け、常に勉強の邪魔をされてきたわけだが、その日は何故か静かでルシフェルはどこぞへ出掛けているのだろうと、そう思っていた。
「六花、六花ちゃん!ちょっと、冷たい飲み物買って来てくれない?」
1階から母親の声がしたので、返事をし、階段を下りる。すでに2時間も机に向かっていたので肩こりが酷い。普段勉強しないのですぐ疲れてしまうのだ。息抜きがてら、近くのコンビニへ行こうと靴を履く。
外へ出た所で黒い靴を履いた――多分、男が家の前に立ち、ずっとこちらを見ているのに気付いた。日差しを避けるように下を向いていた顔を上げる。どこの不審者だ。
「・・・何だ、ルシフェルか」
「おいこら、何だって何だ」
こら、とか言いつつも彼は満面の笑みを浮かべている。赤い瞳が楽しげに輝いた。何を企んでいるんだ、と思いつつ周囲を見渡す。先にも述べたが彼の姿は人間に見えないらしいので、私だけがべらべら話せば好奇の視線を浴びる事になるだろう。
幸いにも、周囲に人影は無かった。安心し、なおも怪しい笑みを浮かべて佇む堕天使を見やる。
「朝から居なかったけど、どこか行ってたの?」
「あぁ、ちょっとね。今から出掛けるのか、六花?」
「コンビニに飲み物を買いに行くの。一緒に行く?」
もちろん、一緒に歩いているだけで一言も言葉を交わさないのは当然なのだが、一応社交辞令で訊いてみた。どうせ部屋に帰っているとでも言うのだろうが――
「ふふふ、では俺も同行しよう。ほら、行くぞ」
「えぇ?まぁ、いいけど・・・」
この時点で薄々嫌な予感はしていたのだが、例外とかあるかもしれないと思って何も追求しなかったのが失敗だった。
***
「六花?あんた、ちょっと来なさい」
家に帰って早々、母に呼ばれたので居間へ。ルシフェルは買い物が終わり家まで帰って振り返ったらすでに居なかった。本当、何の為に出て来たのだろうか。
「え、どうしたのお母さん・・・」
「あんたねぇ・・・」
非常に微妙な顔をした母を見て絶句する。向こうは何かに必死だが、こちらは彼女の意図をまったく汲めない。何だろうこの空気。
重々しく母が口を開く。
「お隣の伊藤さんから聞いたんだけどね、あんた、さっき買い出し行く時、男の人と一緒だったでしょう?」
「え?」
誰かと一緒だった覚えも、誰かに声を掛けられた覚えも無い。強いて言うならばルシフェルがいたが、彼は他の人間には見えないし――
いや、ちょっと待て。
「男の人、って・・・黒い髪で身長が高い?」
「ほら!やっぱり一緒にいたんじゃない!」
この瞬間、私は悟ったのです。
――このクサレ堕天使がぁぁぁ!!