宇都野古伯の勘違い人捜し事件から約一週間が経った。その後、約束通り学校内で憑かれた人間を見る事も無く、古伯に何故か出会っちゃった、みたいな展開になることもなく至って平和な学校生活を送っている。
ただし、有真と裟楠のコンビがやけに構ってくるようになった事と、彼等がたまにキョロキョロしている事を除けば。こちらもこちらで近々何かしらの事件に発展しそうで少し緊張している。しかし、どうしてもルシフェルなんていう堕天使を紹介したくないのも事実だ。出来た友人に距離を置かれるなんて悲しすぎる。
「あ!りっちゃんおはよう!」
朝から信じられないテンションで教室へ入って来たのは幸野巴。いつもよりやや機嫌が良いようだが。
「おはよう。何かあった?楽しそうだね」
「そうなんですよぅ!実は今日、すっごいイケメンに会っちゃいまして」
ルシフェルの事か?と首を傾げる。彼の最近のトレンドは人間ごっこなので巴と『遭遇』していてもおかしくない。
そんな考えを否定するかのように、うっとりと恍惚な顔をした巴が言葉を続ける。
「いやぁ、目の保養になったよ・・・。りっちゃんの家に居た人も格好良かったけど、あの人も私の好みの顔かも知れないです」
「へぇ・・・それは、良かったね」
さすがは幸運体質。こうも朝から清々しい気分で学校に来れる人間などそうそういないだろう。しかし、彼女の定義する《イケメン》というのはなかなかシビアで厳しい所があるのでそれはとても良い男だったのだろう。
「男らしい顔も好きですけど、女顔っぽい人も良いですよねぇ」
「止めてよ。何そのミーハー的意見」
「しかもしかも!話し掛けられたんですよ!」
「へぇ?何で?道でも訊かれたの?」
何故かこれ貰いました、と和柄の風呂敷を出す。桜色の可愛らしい風呂敷で、何だかちょっとお高そうな代物だ。
しかし――出会った女子高生にいきなり贈り物、ってかなり怪しいんじゃないだろうか。
そういう意味を込めて巴を見るも、彼女は完全に自分の世界へ浸っていた。
「私は初めて出会ったんですけど、いつも世話になってるからやるって!意味とかまったく分からなかったし人違いかとも思ったんですけど、気付いたらいなくなってて・・・返しそびれました」
「えぇ・・・」
――あれ。あれ、いやちょ・・・え?
何だか聞いた事のある話だ、と不意に夢物語が現実味を帯びてくる。
「あ!そういえば、りっちゃんの隣に住んでるって言ってましたよ!」
――どこのナンパだ!
心中で激しくそうツッコみ、隣に住む仏頂面の狐を思い浮かべる。それと同時に、一連の事件について悟った。
全ては、幸野巴が有す《幸運体質》によって引き起こされていた事象だったのだと。そんな奇跡的な偶然、絶対に信じないが彼女の幸運体質具合はそれなりの年月を過ごしている身としては否定出来ない。
傲慢と名高いルシフェルですら気付かないところで、こうなる事は決定されていたのだと思うと彼女の幸運にぞっとする。
「あれ?何だかりっちゃん、顔色悪くないですか?」
「・・・いや、今ちょっと奇跡と偶然と必然について脳内論争してたところだから気にしないで」
「えぇ?朝からアホみたいな事考えてますね」
まさにその通りだ、と六花は一つ溜息を吐いた。