13.

 言わずとも分かる話だったが、やはり神に愛されていた傲慢な天使の強さは圧倒的だった。日本は霊狐の方に地の利があると思っていたが、そんなものはハンデにもならなかったらしい。
 先程の爆発騒ぎで戦意が折れたらしい古伯が喘鳴を吐きながらアスファルトに膝をつき、それでもなお苛烈に燃える怒りを宿した目でこちらを睨んで来た時にはどうすればいいのだろうと本気で疑問に思った。とても悪い事をしている気分だ。
 ――もっとも、ルシフェルは生意気な彼曰く『獣風情』を叩き潰したという快感に浸り、不敵な笑みを浮かべているわけだが。
 戦闘行為を傍観していた六花の方が妙な罪悪感を覚えているこの状況は一体何なのだろうか。

「ねぇ、宇都野・・・何で貴方はこんな、ちょっと私には理解の出来ない事やらかしたわけ?だって、学校に潜り込んでも人外には大したメリットなんて無いと思うんだよね」

 今ならば聞ける。
 本能がそう告げるので、息を整える事に必死な古伯へと問う。幾分か疲れたその端整な顔が歪んだ。しかし、口を開くには至らない。
 その様を見てルシフェルが嗤う。

「ふん、どうせ理由なんてたかが知れているさ。気にする事は無い」
「いやいや・・・見てよ、お隣さんのこの必至な顔。絶対何かあるに決まってるじゃん。これで何も無かったらそれはそれで問題だよ・・・」

 悪戯に命を賭ける人外って如何なるものか。それはとっても形容し難く、理解出来ないものに違いない。
 傲慢な彼は嘆息した。別に知る必要とか無いだろ、とそういう視線がひしひしと伝わってくる。
 やがて、そんな互いが互いを牽制し合い舞い降りた沈黙に終止符を打ったのは意外にも疲労困憊、悪戯犯の疑いをかけられている宇都野古伯だった。

「人を、捜していたんだ」
「人?人外を人って形容しているわけじゃなく、人間を?」
「そう」

 嫌味で外来種嫌い、恐らくは――人間嫌い。
 そんな彼の口から思わぬ言葉が出て来て首を傾げた。どうしても、彼の第一印象から人捜しをするような人間性を感じなかったのだ。
 それは本人も重々承知する事だったらしい。六花の顔を見て古伯は顔をしかめた。それはもう、盛大に。

「人にものを聞いておいて、その顔は無いだろう。やはり失礼な小娘だ。おい、その宇宙人みたいな顔をすぐに止めろ」
「宇宙人!?あれ!?私、もしかして喧嘩売られてる!?」
「まぁ落ち着け、六花。なかなか面白い比喩表現じゃないか。実に的を射ている」
「おい、表出ろクサレ天使」

 どうして唐突に自分の身がアウェイ真っ只中に置かれたのかまったく分からないが、とにかくこの男共が驚く程レディに対して無礼だという事だけはよく分かった。
 古伯を筆頭に彼等の言葉がどれほど乙女心を抉ったのかを小一時間ぐらい正座で聞かせてやりたいが、残念な事に今はそんな説教をしている暇など無いので怒りをどうにか静め、無礼な霊狐に視線を移す。

「誰を捜しているのか・・・名前とか特徴とか無いの?捜している理由は?何だか諦めるつもり無さそうだし、相手をブチのめすとかその他諸々、暴力的な目的じゃないのなら仲介人してもいいよ」
「何・・・?」

 ――この場合、相手は女子生徒の方が望ましい。
 喋らなければ少し冷たい印象があるものの、ただのイケメン。目が肥えている自分はともかく、一般女子高生ならばまるで肉食動物のように爛々とした乙女の目を向けること間違い無し。
 つまり、女子になら彼を紹介するのは容易いのだ。
 だが、これが男子だった場合。
 何と言って会わせるか非常に悩み所だ。

「名前・・・名前、は・・・・」

 そんな六花の葛藤を余所に、協力して貰えるのならばそれを利用しない手は無いと考えたらしい古伯は思い出すように眉間に皺を寄せている。

「顔はともかく、名前なんて知らないんじゃないのか。考えるだけ無駄だろう」
「・・・確かに」
「六花よ、お前はもう少し物事を考えて発言するべきだ」

 呆れるルシフェル。彼の発言はどうやら図星だったらしく、思い悩んでいたらしい古伯が首を横に振った。

「この学校の制服を着た女子高生だという事しか分からん。私だって、直接会って話した事など無いのだから」
「・・・ふぅん。じゃあ、何でその子に会いたいの?」
「供え物の礼だ。私の社に来る人間はそうそういないからな」
「お前、土地神だったのか?」

 顔をしかめたルシフェルが問う。が、古伯はゆるゆると首を振った。

「いや・・・山奥にある社を一つ持っているだけだ」
「へぇ。そこで俺とやり合えば、また違った結果になったかもしれないな」

 土地補正の関係で、と堕天使が肩を竦める。

「・・・ねぇ、宇都野。まだその子を捜すつもりなの?」
「当然だ。そもそも、供え物も一度や二度の話じゃない。居たたまれない気分になってくるだろう?」
「狐の恩返し、みたいな・・・」

 某アニメを思い出し笑ってしまう。そんな可愛さと彼は印象が掛け離れ過ぎていて。と、不意にルシフェルが口を挟んだ。

「どうでもいいが・・・まだ捜すつもりなら、もう俺は知らないからな。思った以上に事件じゃなかったから、何だか拍子抜けしたじゃないか」
「貴様等が勝手に首を突っ込んで来たのだろう?私が悪いように言われるのは心外だ」
「ま、まだやると言うのなら、お前が再三リアルファイトを挑んだ首藤響弥の周りはウロつかない事だ。あいつは運が悪かっただけだからな」
「ふん・・・いいだろう。貴様等も、今後私には干渉するなよ」
「お前が俺にちょっかいを出さなければな」

 最後まで険悪だったものの、それで一応の決着はついたのか宇都野古伯はあっさり背を向けると六花達とは逆方向へ歩き出した。家へ帰る方向では無いから、まだもう少し粘るのかもしれない。