12.

「下がれ、六花。巻き込むぞ」
「え、ちょ」
「ふん、何故、人間の小娘なぞ連れてきた」
「いやそれはいいから、ちょっと――」

 睨み合う人外達はすでに六花の事などほとんど気にも留めていなかった。一応、邪魔だから遠くへ行っていろという旨の言葉を口にしてはいるが、それに『一応』以上の意味があるとも思えない。
 ――もっと私を労ったらどうだ。
 言い掛けて止めた。そんな偉そうな事を言える程働いていないと気付いたのだ。

「えーっと・・・こんな人目につく所で喧嘩とか、正直冗談じゃないんだけど・・・」

 呟きは見事にスルーされる。どっちも聞いちゃいない。
 もし建物全壊なんて事になったりしたら、修理費払わされるんだろうか。というか、器物損壊とかで捕まるんじゃなかろうか、私。
 取り留めのない現実逃避としても中途半端な想像をしながらも、ハラハラと事の成り行きを見守る。これでイケメン二人が人間の女子高生を取り合っている図、とかならばハラハラにドキドキという要素が追加されるのだが、生憎とそんなドラマティックかつロマンティックな展開など微塵も無い。

「――ふん、まあいい。遅かれ早かれ、貴様のように好奇心旺盛も行きすぎてデリカシーの欠片も無い馬鹿が首を突っ込んで来る事は分かっていた。ただ、処理が面倒臭いだけだ」
「おい、俺の事言ってるのか?獣の分際で」

 吐き捨てる古伯の足下から青白い狐火――燐が発生する。ゆらゆらと揺れる青白いそれは幻想的でこんな状況でなければ見取れてしまう程に美しい。
 対峙するルシフェルもまた不敵な笑みを浮かべ、挑戦的に霊狐を見つめている。爛々と輝く紅い瞳がまるで宝石のようだ。こんな光景、1学年上の乙女番長と呼ばれている彼女に見せたら卒倒しそうだ。

「ふん。外来種が・・・」

 忌々しそうにそう言った古伯が肩からぐん、と腕を回した。その陶磁のような白い腕に穏やかな青白い燐ではなく、明らかに炎の色をしたそれが纏わり付いた。滑らかに出現したそれは色合いの美しい染め物に似ている。
 顔をしかめ、一つ舌打ちしたルシフェルがとん、と踵で地面を叩いた。もちろんアスファルトなのだが――柔らかい土を土竜が掘り進むみたいに、ボコボコとアスファルトにヒビを入れながらアスファルトの下に潜んだ『何か』が一直線に古伯へと向かう。
 ――同時、纏っていた染め物のような炎の帯が堕天使へとそれこそ目を見張る速度で迫る。

「う、うわぁ・・・・」

 こんな所、近所に住んでいる人間に見られようものなら大惨事である。彼等の姿は見えないのかもしれないが、飛来する炎の帯やアスファルトの下を巨大な土竜が掘り進んだような痕は隠しようがない。
 ――今のうちにトンズラしちゃいけないだろうか。
 割と真剣に逃げ出す方法を思案。まだ社会的に死にたくない。

「おい、六花。逃げるんじゃないぞ」
「余裕だね、随分と」

 戦闘中であるにも関わらず、不敵な笑みを浮かべて考えを読み当ててみせた自称・守護天使ははっ、とその発言を鼻で嗤った。

「何故、俺が獣なんかに敗けるんだ。寝言は寝て言えよ、六花」

 宣言通り。
 空いた右手の一振りで炎の帯が消失。古伯はと言えばルシフェルの謎めいた攻撃を打ち消す事が出来なかったのか、余所様の家の塀の上に移動していた。回避されているのだからあまり先程のそれが良い手だったとはいえない――
 などと馬鹿な事を考えていたのは3秒前。
 やはりアスファルトの下を移動していた『何か』は塀を登る事が出来なかったらしく、古伯の足下で完全に停止していた。こうして見ているとまるで意志がるようにすら感じられる。
 パチリ、と微かに嗤ったルシフェルが指を鳴らした。
 途端――

「うぉおおおおい!?何してくれちゃってんのッ!?」

 爆発した。
 もう一度言おう――爆発した!
 小爆発と言うには少しばかり規模が大きすぎる爆風が容赦無く古伯を襲う。アスファルトの破片、落ちていた小石、それら全てが辺り構わず巻き上げられ、かく言う六花も危うく巻き込まれる所だった。立ち位置がルシフェルの後ろで良かったと切実にそう思う。
 そして残念なお知らせが一つ。

「ちょっとぉぉぉ!?名も知らない余所様の家の塀!塀がぁぁぁぁ!!」

 誰よりも何よりも加減を間違えたとしか思えない爆発の被害を受けたのは塀だった。古伯の方は身軽だったので爆発した瞬間にひらりと跳んでその場を離脱したのだが、固定されているしそもそも無機物で自分の意志なんか持っちゃいない塀にしていみれば酷い二次被害である。
 粉々、とまではいかないものの、大穴が空いて正直、直立しているのが不思議である程に大破した塀。警察に訴えられても文句が言えないレベルだ。