10.

 まだ終礼は終わっていなかったが、まぁこれも何かの縁だと勝手に決めつけ、六花は黙ってルシフェルの後を追う。どう見ても学校の外へ出ようとしているが、それ以上に走り去った名も知らない先輩が気になって仕方が無かった。
 ――何がどうなってああなったのか、まだ守護天使を自称する彼は何も説明していない。それが不気味で同時に心配だ。

「ちょっと待って、靴!履き替えないと!」
「そうか」
「ってか、何であんたは学校に土足で上がってんの・・・」
「いや、それをツッコまれるとは思わなかったな・・・」

 動転しているのか何だかおかしな事を宣いつつ、のろのろと制靴に履き替える。現在、本来ならば教室で終礼があっている時間なので靴箱は静かだ。あと数十分もすれば帰る生徒で賑わうのだが。
 こんな所、教師に見つかったら大目玉だろうな。
 頭の隅で考えながら、こちらを黙って見つめているルシフェルの方へ走り寄る。
 校舎から見えない位置を移動しつつ、黙して語らない彼へと質問を投げ掛けてみる事にした。

「ねぇ、結局、誰がやったのか分かったの?何が憑いてたとか・・・いや、先輩には憑いてなかったんだっけ」
「あぁ。首藤響弥には霊的なモノは何も憑いていない」
「えぇ・・・でも、おさらいするようだけどそれは可笑しいよ。だって、先輩はあの人とばかり喧嘩してるわけじゃないし。今まで暴力沙汰に発展したのはみんな別の生徒だったって言うよ?」

 そう。だからこそ、暴力事件を『起こした』首藤響弥は困りに困っていたのだ。本人はそんなつもりなど微塵も無かったのだから。
 憑き物が取り憑く人間をころころ変える事はあまりない。隠れ蓑として憑くのだから、次から次にターゲットを変える必要が無いからだ。メリットどころかデメリット。それだけ要らない力を使う事になる。
 あると考えれば高位人外の仕業だが、それはもっと確率的に低いだろう。それこそメリットは無いし、そもそも人なんかに取り憑かずとも強いのだからけちけちした真似をする意味は無い。
 そもそも、何故執拗に響弥を狙うのか。同一犯である事は確かだが、それすらも解明出来ていない。見たところ、響弥は体質的にも『惹き寄せる』方ではないし。

「おら。何をボサッとしているんだ。ご対面だぞ」
「え――」

 完全に校外へ出て、角を曲がった所。
 見計らったかのようなタイミングで人影が見えた。

「あ!」

 中性的な顔立ち。ルシフェルを見慣れている身としては何とも思わないが、彼氏に飢えている女子高生が見たら餌食にされそうなこの男は。

「宇都野古伯・・・!?」

 悠々と佇み、無表情の中に静かな怒りを内包した隣人だった。